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第一話 四つ巴
六本木の繁華街にある高級クラブの前に、オールテレンブルーのハマーH2が止まった。
運転席と助手席に座っていた、ダークカラーのスーツ姿をした中性的な男たちが降り、車のドアを開ける。
中からは、一人の中国人女性が出てきた。
ウェーブのかかった長い黒髪に、細い足がさらに細く見える黒ストッキング。
スカートタイプの青色のダブルスーツ姿。
タレた目つきが挑発的で、長いまつげと湿っぽい唇をしたセクシーな女性、宇慶沁慰。
彼女の年齢は50歳を超えているといわれるが、色っぽくスタイルが良いせいか年齢がわかりづらい。
「ようこそ沁慰姉さん、チェックを」
沁慰は嫌な顔をせずにそれを受け入れ、ドアを開けた男の内の一人にハマーH2は任せると、指示を出した。
店の前にいた屈強な朝鮮人たちが、沁慰と残った付き添いの男のボディチェックを始める。
朝鮮人たちは、棒状の金属探知機を二人の体に当てていく。
発信音が鳴ると、朝鮮人が言う。
「道具はすべて、こちらへ」
沁慰は内ポケットからベレッタ M92を出して、朝鮮人の男に渡した。
その後ろで、付き添いの男はトカレフTT-33を渡している。
それからまた同じように調べると、朝鮮人たちは礼儀正しく頭を下げた。
「失礼しました。では、お入りください、皆様すでにおそろいでございます」
沁慰は付き添いの男とともに店の中へ入って行った。
薄暗い店内に、照明が妖しく輝いている。
「よう、宇慶。今日はなんの集まりだ? まさかあんたの年齢でも公表しようってのかよ」
煙草を片手に、紫煙を吐き出しながら、ソファに寄りかかってウイスキーを飲んでいる男が言った。
男の名は、甲角友彦――現葉瑠田会の会長だ。
角刈りにストライプのスーツ姿――。
それに強面の顔から察するに、古いタイプの任侠人に見える
「相変わらず寒い冗談をいう男ね。自分の組が火の車なもんだから、冷たいジョークでも言いたくなるのかしら」
「紹興酒漬けで頭がボケてるみたいだな。うちの組は別に金に困っちゃいねぇよ。喧嘩を売ってんなら買うくらいの金銭は持ってんぞ」
沁慰が、最近を起きた葉瑠田会の分裂について遠回しにいうと、甲角は額に血管を浮き上がらせて苛立った。
「あらあら、時代遅れさんは顔も言うことも怖いわね」
そう言いながら沁慰は、ポケットからとアークロイヤルのバニラフレーバーを取り出した。
それを見て、付き添いの男がすぐに火をつける。
沁慰は、ソファに腰を下ろして紫煙を吐き出す。
「やめておきなさい、ミスター甲角。こちらの姉さんは香港生まれだ。こういう場での礼儀を分かっていないのでしょう」
横から口を挟んだ男――名はコマンダージェイ。
民間軍事会社の社長で、世界中に支社を持つアメリカ人。
サイドを短くし、フロント・トップをバックに撫で付けたブラウンの七三分け。
クールなフォックス型サングラスをし、上下白のスーツを着ている。
穏やかでいて、とても紳士的だが、どこか軽薄な感じがするのは格好のせいか。
「コメディリリーフが言ってくれるわね。今日の集まりだってあなたのせいなのに。脳味噌がバーガーでできているんじゃないの?」
それを聞いたコマンダージェイの後ろに立っている男が、沁慰を睨みつけた。
コマンダージェイは、それを片手で制す。
刈り込んだ髪にがっちりとした体格。
軍服姿の男――日本でコマンダージェイの部隊を指揮するカシル小隊長。
彼はその手に従い、表情を戻した。
「沁慰さんが来たみたいですね」
そこへグレイのダブルスーツ姿の男がやってきた。
今日の会合を仕切っているコリアンマフィアの首領――九能常秀だ。
その姿を見て、その場にいた沁慰以外の全員が、両目を大きく開いた。
甲角が言う。
「てめぇ……情報屋の……?」
それを見て、コマンダージェイが上品に笑い始める。
それからウイスキーの入ったグラスを持って、中にある氷を揺らしながら口へ運んだ。
「なるほど、あなたがコリアンマフィアのトップだったのか。どうりで……」
九能は、都内で腕利きの情報屋として名を知られていた。
だが、それは仮の姿だった。
そのことを知っていたのは、従妹である沁慰と身内であるコリアンマフィアの上層部。
それと、もうすでに死んでいる人間だけだった。
「いきなりだが、端的に言いましょう」
九能は、甲角、コマンダージェイ、沁慰がそれぞれ向き合っているテーブルのソファに腰を下ろした。
そして説明を始める。
コマンダージェイがこの国――都内に来てから、警察が常に厳戒態勢を敷くようになった。
それは彼の民間軍事会社と、彼が日本で集めた人間たちが一人の人間相手に抗争を仕掛けたからだった。
「荒川靖子の件に関しては、警察も店の人間を殺された恨みでの犯行として片付けていますが――」
「元はといえば、そこの毛唐をこの国に入れたてめぇのせいだろう」
九能の言葉を遮って、甲角が呆れて言った。
沁慰が鼻で笑う。
「毛唐ですって。時代遅れさんらしい言葉ね」
コマンダージェイは、甲角に言葉を返す。
「何かの映画で見たよ。毛唐というのは、我々欧米人を卑しめていう言葉だね。ミスター甲角、あなたは見た目通りの人間だな」
「なんだ? バカにしてんのか? なんだったらステゴロで相手になってやるよ」
甲角がそういうと、後ろいるスキンヘッドの男の表情が強張った。
今にでも飛び掛かりそうな顔をしている。
「今度はステゴロだって。甲角、あなた任侠映画の見過ぎ。そんなんだから組が割れちゃうのよ」
「宇慶、てめぇは黙って青竜刀でも磨いてろ、アル中が。もう紹興酒が切れて喋っていねぇと落ち着かねぇのか」
「やれやれ、これだから野蛮人は。せめてもう少し品のいい会話ができないものかね」
三人が静かに言い合いを始め出した。
それぞれ後ろに立っている付き添いの三人にも緊張が走る。
その時――。
九能が、全員の前にあるテーブルに足を叩きつけた。
衝撃音とともに、テーブルの上にあったウイスキーの瓶やグラスが割れて床の絨毯を濡らした。
「我々裏社会の人間がお昼のニュースに登場し、ご婦人方のエンターテイメントにならないで来れたのは――」
言い合っていた三人の目が九能の方を向いた。
「過去から現在まで相互利益のバランスが取れていたからこそです」
皆が見守る中――。
九能が穏やかに、そして優しく話し出した。
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