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騒がしい鐘の音で人形師は目を覚ました、着ぐるみパジャマ姿でアンティーク店へと向かう、店には鍵も掛けていないがこんな早朝の来店は珍しく、目を擦りながらカエルのスリッパを履いてぺたぺたとアンティーク店へと向かった。
「いらっしゃいませー」
語尾が伸びながらも灯りを付けて、来客を見て目を瞬かせた。始めて来るお客様、それも厄介になりたくない相手。
「や、やー?わたくし警察にご厄介になるようなことなど何もしていませんよ」
「いえ、この町で人形について詳しいのはあなたですから、意見が欲しくやってきましました」
人形師の言葉に警察は制帽を上げた、訝しく思いながら警察の後を付いていく。
町は早朝の静けさで満ちていて何か大きなことが起こっているふうには思えない、パン屋の煙突から煙が上がっているくらいだ。
警察が入って行ったのはこの町で一番賑やかな宿屋、宿泊客はまだ眠っているものも多いが、警官が何人も駆けつけていて騒ぎで目を覚ますことになるのは想像に難くなかった、宿屋の主人の顔は青ざめ、宿屋の受付のテーブルに頭を抱えて座り込み意気消沈している様子が見て取れた。その横を通って階段を上っていく。
「開けてください」
人形師を連れた警官が、扉の前に立っていた警察に声をかけると彼らは人形師を一瞥して道を開け、彼は立ち入り禁止テープを潜った。
嫌な気持ちがして、足が止まる。規制線の先は事件が起こっている、自分が何故呼ばれたのか未だに分からないが、いいことであるはずがない。
「お願いします」
警察に言われて、唾を飲み込み覚悟を決めてテープの奥へと進んだ。
シンプルな作りの部屋、シングルベッドとソファがひとつずつ。アンティークのフロアランプはかつて人形師の店に乱雑に置かれていたもののひとつであったが、この部屋に見事に調和していて、ブラウンの絨毯のうえには絡まった赤いイトがあった、視線でイトを辿っていくと、見つけた。
一室の壁に絡みあうようにしてふたりが居た、青年を抱きしめるようにして少女がその細い腕を貼り付けにされた青年の首に回している。彼女の小指から伸びる赤いイトは幾重にもふたりに巻き付いていた、かつて息をしていた人形使いの顔には血の気はなく能面のうよう、まるで人形になってしまったかのように微動だにしない。
旧型の表情を写すはずのない少女の顔が何処となく微笑みを浮かべているように見え人形師は人形師は体を震わせた。
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