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「いやーカレイド君!今日はありがとう!!とても素晴らしい舞台だった!!」
この舞台に出るように頼み込んだオーナーは嬉しそうに顔を綻ばせて、力強く青年の手を握った。青年の後ろには先ほどまで皆を魅了していた人形が言葉もなく、感情を顔に現すことなく立っていた。
等身大の少女人形は主である青年と見えないイトで繋がっていて、青年が望めばこうして立って歩くことが出来る。
「ありがとうございます、僕もこんなに喜んでいただけでとても嬉しいです」
痛みで顔を歪めそうになりながらも、なんとか青年は微笑んだ。
「いやー次も是非、是非、我が劇場でお願いしたいですな!!」
オーナーの目は金を映していて、青年は苦笑する。
彼が出るというだけで客は殺到し、莫大な金が動く。彼は金のためにやっているのではなく、人をただ喜ばせたい一身でこれをはじめた。自らもこんなに有名になるとは思っていなかった。
それに青年は旅人、ひとつのところに留まっていることがない。
「すみません、お気持ちはありがたいのですが、僕はひとつのところには留まらないのです」
「えぇ…そうでしたね」
オーナーは残念そうに目を伏せる。
「けれど!今後こちらで公演する予定が出来ましたら、是非!我が劇場でお願いします!」
力強く握られている手に更に力がこもり、耐えられずに青年は顔を歪めてしまった。
滞在する宿屋へと戻ると、店の人が興奮したように話しかけてきた。
とてもよかったよ!君があのカレイドさんだったなんて!握手を求められてありがとうございますと応じる、まだ夜も遅くない時間で他にもロビーにいた旅人たちも運がよかった!などと嬉しそうにカレイドに声をかけた。
彼は嫌な顔ひとつせずに握手を求める人に応じ、部屋に戻ったのはずいぶんと時間が経った後だった。少女をソファの上に座らせて、ベッドのうえに座ってひとつため息を吐く、人前では疲れた様子を見せない彼だがたくさんの人に囲まれると疲労感はある。
彼はしばらくぼおっとしていたが、ようやく立ち上がって、鞄のなかから肌ざわりのよいタオルを持って洗面所に向かう、軽く水で濡らして、少女の元へ向かった。
椅子に深く座り、ガラス玉の瞳で床を見つめ続ける少女の顎を掬い取る。
ソファの隣にあるフロアランプのオレンジ色の灯りに照らされて生きているかのように瞳がきらきらと輝いていた。
青年は右手に持ったタオルで少女の顔を丁寧に拭いていく、額、頬、顎のライン、目元、唇は横に滑らせて口を少しだけ開けさせると唇の横も拭いていく、タオルをずらして首を上から下へ撫でて、少女を自分へ引き寄せて背中にあるファスナーを右手で降ろして少女の腕を袖から抜く、肩から二の腕へタオルを滑らせて、手を優しくとると二の腕から球体の部分は丸く拭いて、指先へと、指の間も丁寧一本ずつ拭いていく。
左手も同じように袖から引き抜くと、すとんとワンピースが腹にまで落ち、少女の白い肌が露わになる。女性特有のふたつの膨らみは控えめながらも存在し、張りのある柔らかさが見て取れた。青年は少女の前に跪くと彼女の脚に絡むレースアップサンダルの紐を解いて、足から引き抜くと彼女のふくらはぎを取る、スカートが足の付け根まではだけ、太ももの表面、裏側から膝にかけて滑り、ふくらはぎから指先、手と同様に一本ずつ丁寧に。
それが終わると、立ち上がって少女の後ろに回り、石鹸のよい香りのする整髪料をかけてトップから毛先へ丁寧に櫛で梳いていく。
「今日は久しぶりの舞台だったけれど、今日もとても綺麗だったよ。みんなが君に夢中だった」
さらりと髪が揺れる。
「明日になったら出発しよう、南がいいかな?そろそろ、君をメンテナンスしてくれる人形師に会えるといいのだけれど、」
青年はタオルへと目を向ける、赤茶色のさび色がタオルにこびりついていた。
見目こそ美しい少女ではあったが、長年共に旅をしてきて彼女にはガタが来ていた。
特に可動部である球体は毎日手入れしても錆びが生じてしまう、ひとつ前の町で見てもらおうとしたけれどこんな古い型はうちでは扱えないと言われた。買い換えてはいかがです?と言われていくつかの人形を見せてもらったけれど、琴線に触れるものが見つからない。
「さ、これでよし」
青年は彼女の肩を撫でて、はらりと落ちた髪を払ってから彼女の腕を袖に通し、ファスナーを閉めた。正面に戻って手入れをした少女を見ると満足そうに頷いた。
「うん。綺麗になった」
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