イト

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大きな町らしく何人もが降りて行く、その波に乗りながら駅へと降りる。高く大きなドーム型の天井は透明になっていて光が降り注いでいる、いくつもの足音と話し声、トランクを引きずる音に鳥の声が時折混じる。波に乗って駅の外に出るとレンガ造りの町が出迎えてくれた。 活気で満ち溢れ賑やかな音が耳に飛び込んできた、様々な店が立ち並び、果物を覗き込む女性、花束を作ってもらっている男性、カフェの店先で陽気な音楽を音楽隊が奏で、客として来ている女の子がかわいらしい声で歌を口ずさみながら手拍子をして、両親はくすくす笑いながらも食事を楽しんでいた。 それにここは人形が生活の一部であることが当然なのか、果物を覗き込む女性の隣には荷物を彼女の荷物を持っている青年の人形が居たし、花束を買っている男性の隣には犬の形をした人形がついて瞬きをしていた。 あの人形師は何処だろう、町ゆく人に話しかけた。 奇妙な出で立ちの人形師を知りませんかと。 「ああ、レインコートの人形師。あの人は奇妙な人だけど、腕は確かよ。この道をまっすぐ行くとポストがあるのだけど、そこを右に曲がって細い道に入ると黒猫の看板があるアンティークショップがあるの、そこが彼のお店よ」 青年が礼を言うと、彼女は微笑んで視線を少女へと向け挨拶をした。 「とてもかわいい子ね、こんにちは」 「ありがとうございます」 青年は人形にも挨拶をしてくれるいい人だと受け取ったけれど、彼女は人形を見て少し不思議そうな顔をした、けれど彼に会釈をして去っていった。 言われた通りの道を歩いて見つけた黒猫の看板は、客を寄せ付ける気があるのか威嚇した猫の形をしていて、目には金色のガラス玉がはめ込まれていた。入っていいのかとも戸惑いながらも、青年は木製の扉を押して開いた。 カランと高い鐘の音が鳴り店内へ来客を伝えるが、従業員は見当たらないうえ女性はここを「アンティークショップ」と称していたがとてもそうは見えない、たしかにアンティークの品は存在しているのだが、どれもが埃に埋もれていて椅子の上に大量の腕が置かれていたり、傘立てに足がさかさまに差してあった、視線を上にあげてみればいくつもの幼い少女の人形が玄関の扉へ向き、お化け屋敷だと言われたほうがしっくりくる。 「もしもし」 声を上げても店内はしんと静まり返っている、店主はまだ帰っていないのかもしれない。それにしても物騒だと思いながら、出直そうと踵を返すと勢いよく扉が開かれ鐘がやかましく鳴いた。 「やややっ!!これはこれは!先ほどの!来てくださったんですね!待っていてください、今お茶を持ってきますね」 レインコートの人形師が笑顔を向けたかと思えば慌ただしく奥へと引っ込んで、がちゃがちゃと騒がしい音が聞こえたかと思えば、トレイにふたつの不揃いのコップを持って戻って来た、マグカップの取っ手が猫になっているものと、うさぎの絵が描かれたステンレスマグカップ。 オーク材の猫足ローテーブルのうえに置かれていたペリカンの形をしたアンティークの小物入れや、馬の頭を模した置物を腕でテーブル端に追いやって、人形の設計図の上にトレイを置いた。 設計図は人形のものらしいが随分と古いものなのか洋紙は黄ばんでいて所々シミが出来ていたり、文字が滲んでしまっている。 任人形師が設計図をこんなふうにしていいのかと不信感がよぎった青年の表情を読み取ったのか、人形師はへらっと笑って見せた。 「これはテーブルクロスみたいなものですよ、この設計図はもう頭のなかに入っていますから」 とんとんと自らのこめかみに頭を当ててウィンクしてみせた。 「少し待っててください、食事ご用意しますね!ややー、今日はいい日だ!本当に素晴らしい日だ!」 レインコートの人形師はご機嫌に、カラになったトレイを持って再び奥へ引っ込んだ。 お盆を持って戻ってきた人形師の手には、山積みになった缶詰。 「さ、お客様!たいしたものはございませんが、好きなものを選んでください!」 昼食をごちそうすると言いながら缶詰を出す人をはじめて見た、椅子に座ってくださいと人形の手が置かれた椅子を進められて戸惑った青年を見て、やや、これはすみません!と慌てた口調で人形師は言いいくつもの手を抱えて、それを足がさかさまに入れられている傘立てに入れ、いくつか床に零れた。 少女には近くにあったアイアン素材の奇妙な形をした椅子を引っ張り出して、青年の隣に置いて座るよう促した。 いくらパーツだとしても人形師としてその扱いはどうなのかと思いながら、ひとつふたつと適当に缶詰を選んだ。スプーンも差し出され、どうやらこのまま食べろということらしい。 缶詰の蓋を開いてスプーンでシーチキンをすくって口に運ぶ、なんの遜色もない普通のシーチキンの味。 「や~さっそくで悪いのですが、そちらの人形を見せてもらってもいいですか?」 「えぇ、どうぞ」 少女人形が人形師の前に差し出される、彼は待ってましたといわんばかりに彼女の腕を取り足を取り、隅々まで確認していく、その間に人形師がテーブルクロスだと言っていた設計図が気になって視線を向け目を見張った。 「これは…」 精密な作り。美しい容姿、それになにより滲んでよく見えないが、大きく文字が書かれている「喋る人形」という部分に心惹かれた。 「やや、お客様!気になっちゃいました?」 人形師が楽しそうな笑顔で青年を見た。 「えぇ、人形が喋るのですか?」 「そう、そうなのですよ!!最新型はもう喋る時代に突入したのです!」 そう言うと彼は、青年に奥の部屋へと来るようにと促され、青年は足元にまで転がるアンティークの品々を踏まないように気を付けながら人形師の背中を追いかけると、その後ろを当然のように少女は付いてきた。 木目の扉の奥に通されると、先ほどとは全く違った。 棚には人形を作るために必要な材料がアイアンラックに丁寧に仕分けられて整頓されていた、人形の腕や、足、目は色別に仕分けられて同じ人物の店だとは思えない、ただテーブルの上には乱雑に書類が積み重なっていた。 部屋の中央にはいくつものケーブルに繋げられた少女が居た、漆黒の髪色に透き通る白い肌、目は閉じられているが開かれたらとても大層美しいのだろうと青年は胸が高鳴った。
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