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待ち続けていた。
来るはずもない相手を待って、すでに2時間。
ビルの窓に街のイルミネーションの灯が映る。
それを見つめながら、姿の見えない相手を、ただひたすら、その窓に映してみようと願う。
目の前を、多くの人々が忙しなく通り過ぎてゆく。
知らない顔しかいない人々の中に、待ち人はいない。
取り壊しが決まった古い廃ビルが正面に見えるが、まるで自分のようだと、ふと思う。
突然、雨が降ってきた。
空を見上げると、高層ビルが建ち並び、こちらを無表情に見下ろしていた。
その周りを取り巻く、夜空の闇の漆黒色が、まるでシャワーのようにこちらに降り注ぎ、全てを黒に染め上げてゆく。
雨は最初は小降りだったが、徐々にこぬか雨になった。
まだ軒が残っている正面の廃ビルに移り、そこで雨宿りしながら、ひたすら待ち続けた。
眠らない街の灯が消えることはない。
しかし、この終わってしまった廃ビルのように、自分の心に灯が灯ることはもう無い。
雨は長らく止みそうもなかった。
ふと、また空を見上げて、無表情にこちらを見下ろす高層ビルの群れを見つめた。
その周辺の漆黒の夜空に、瞳を吸い込まれそうだ。
だが、その時、高層ビルの群れの狭間から何かが飛翔してくるのが見えた。
漆黒の夜空を、泳ぐように飛び交う何かが、それが傘の大群だと気づくのに、それほど時間はかからなかった。
ただ、呆然と、その傘の大群を見つめた。
スカイアンブレラ
都市の高層ビル街の空を飛び交う、空飛ぶ傘=スカイアンブレラ。
都市伝説のように言われているが、ある時、人は、それを目撃することが出来る。
スカイアンブレラは、静かに高層ビルの狭間を飛翔していた。
こぬか雨が降り注ぐ空を、スカイアンブレラはゆっくりと泳いでゆく。
スカイアンブレラは、一瞬にして視界を通り過ぎていったが、取り憑かれたように、その飛んで行く後ろ姿を見つめ続けた。
その時、ふと夜空の真下の街路に、待ち焦がれた相手の姿が見えた気がした。
数年前、この街で待ち合わせた最愛の女性。
あの時、彼女は、この街の小さな事故で、還らぬ人となった。
その彼女の姿が、こぬか雨に濡れながら、街のイルミネーションの中、明滅して見えた。
すると、そこにスカイアンブレラの群れが、彼女のもとに降り立った。
彼女は鮮やかな笑顔で、こちらを見ていた。
スカイアンブレラを手にした彼女は、優しげな微笑みをこちらに浮かべながら、スカイアンブレラと共に、漆黒の夜空に舞い上がった。
こちらに向けて、何かを口にしていたが、やがてその全てを理解した。
もはや、彼女は飛び立ったのだ。
もうどれだけ、あの、かって待ち合わせた場所で、何年も待ち続けても、彼女がやって来ることはない。
スカイアンブレラは、彼女を乗せて、高層ビルの狭間の漆黒の夜空をゆっくりと飛んでいった。
彼女の、あの、鮮やかな微笑み
それが全てだった。
さようなら
これまでどうしても口に出来なかった言葉が、自然と声になった。
廃ビルから街路に出て、こぬか雨に濡れながら、スカイアンブレラを静かに見送った。
溢れる涙をこぬか雨が優しく洗い流してくれる。
やがてスカイアンブレラは跡形もなく、夜のしじまに消えていった。
きっともう、見ることはないだろう。
都市の高層ビル街の空を飛び交う、空飛ぶ傘。
都市伝説のように言われているが、ある時、人は、それを目撃することが出来る。
終
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