2

1/1
28人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

2

2 待ち続けていた。 来るはずもない相手を待って、すでに2時間。 ビルの窓に街のイルミネーションの灯が映る。 それを見つめながら、姿の見えない相手を、ただひたすら、その窓に映してみようと願う。 目の前を、多くの人々が忙しなく通り過ぎてゆく。 知らない顔しかいない人々の中に、待ち人はいない。 取り壊しが決まった古い廃ビルが正面に見えるが、まるで自分のようだと、ふと思う。 突然、雨が降ってきた。 空を見上げると、高層ビルが建ち並び、こちらを無表情に見下ろしていた。 その周りを取り巻く、夜空の闇の漆黒色が、まるでシャワーのようにこちらに降り注ぎ、全てを黒に染め上げてゆく。 雨は最初は小降りだったが、徐々にこぬか雨になった。 まだ軒が残っている正面の廃ビルに移り、そこで雨宿りしながら、ひたすら待ち続けた。 眠らない街の灯が消えることはない。 しかし、この終わってしまった廃ビルのように、自分の心に灯が灯ることはもう無い。 雨は長らく止みそうもなかった。 ふと、また空を見上げて、無表情にこちらを見下ろす高層ビルの群れを見つめた。 その周辺の漆黒の夜空に、瞳を吸い込まれそうだ。 だが、その時、高層ビルの群れの狭間から何かが飛翔してくるのが見えた。 漆黒の夜空を、泳ぐように飛び交う何かが、それが傘の大群だと気づくのに、それほど時間はかからなかった。 ただ、呆然と、その傘の大群を見つめた。 スカイアンブレラ 都市の高層ビル街の空を飛び交う、空飛ぶ傘=スカイアンブレラ。 都市伝説のように言われているが、ある時、人は、それを目撃することが出来る。 スカイアンブレラは、静かに高層ビルの狭間を飛翔していた。 こぬか雨が降り注ぐ空を、スカイアンブレラはゆっくりと泳いでゆく。 スカイアンブレラは、一瞬にして視界を通り過ぎていったが、取り憑かれたように、その飛んで行く後ろ姿を見つめ続けた。 その時、ふと夜空の真下の街路に、待ち焦がれた相手の姿が見えた気がした。 数年前、この街で待ち合わせた最愛の女性。 あの時、彼女は、この街の小さな事故で、還らぬ人となった。 その彼女の姿が、こぬか雨に濡れながら、街のイルミネーションの中、明滅して見えた。 すると、そこにスカイアンブレラの群れが、彼女のもとに降り立った。 彼女は鮮やかな笑顔で、こちらを見ていた。 スカイアンブレラを手にした彼女は、優しげな微笑みをこちらに浮かべながら、スカイアンブレラと共に、漆黒の夜空に舞い上がった。 こちらに向けて、何かを口にしていたが、やがてその全てを理解した。 もはや、彼女は飛び立ったのだ。 もうどれだけ、あの、かって待ち合わせた場所で、何年も待ち続けても、彼女がやって来ることはない。 スカイアンブレラは、彼女を乗せて、高層ビルの狭間の漆黒の夜空をゆっくりと飛んでいった。 彼女の、あの、鮮やかな微笑み それが全てだった。 さようなら これまでどうしても口に出来なかった言葉が、自然と声になった。 廃ビルから街路に出て、こぬか雨に濡れながら、スカイアンブレラを静かに見送った。 溢れる涙をこぬか雨が優しく洗い流してくれる。 やがてスカイアンブレラは跡形もなく、夜のしじまに消えていった。 きっともう、見ることはないだろう。 都市の高層ビル街の空を飛び交う、空飛ぶ傘。 都市伝説のように言われているが、ある時、人は、それを目撃することが出来る。 終
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!