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視線を斜め上に向けて胸を張る久我をぼんやり見つめながら、やっぱりやっちまったと思った。この部屋のドアを開けた時、部屋にいた二人を見た時の「やっちまった感」は、間違いではなかったらしい。
「ここでうだうだしていても仕方ない。巡回に出るぞ」
遠くへ行っていた志馬の意識が引き戻された。引き戻されたくなかった。
「歩きながら話そう」
***
東京湾に面したこの街は、いつも風が吹いている。爽やか、と言えないこともないが、大抵は強風だ。暴風の時もある。
今日はまだ強風とまではいかない。それでもつい目を細めてしまうような風のなかを縫うようにして、久我と志馬は並んで歩いていた。
午前10時をまわるところだ。駅前に広がる片側3車線の大通りは、朝よりは閑散としている。だが駅の改札口は、平日にもかかわらず、多くの観光客を絶え間なく吐き出していた。
「ほら、あそこのカフェ──」
ふと久我が、通り沿いの洒落たカフェを示したので、志馬は注意深く目を向けた。あの店に何かあるのか、それとも店に来る客が問題なのか。
「あそこのサバランは絶品なんだ」
……………で?
犯罪はドコデスカ。
「お気に入りの店だったんだがなあ。先月テレビで紹介されてしまってね。いつ行っても混んでるんだ」
心底残念そうに顔を歪める久我だが、志馬にとっては心底どうでもいい情報である。
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