Episode 1

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 何やら楽しそうに久我のおしゃべりは続くが、何ひとつ頭に入ってこない。あの狭い独身寮に帰りたい。帰って寝たい。休みたい。 「あ」  ふと久我が立ち止まったので、つられて足を止めた。自分より15センチは背の高い久我を見上げると、一点をじっと見つめている。その表情は、さきほどカフェを示した時とは明らかに異なり、真剣味を帯びていた。 「ど、どうしたんです」  志馬の問いにも視線を外さない。 「あそこの、あの信号を待ってる人々」 「……はい」  駅前のロータリーだ。見通しのいいスクランブル交差点になっている。 「信号機のすぐ横に立ってる男」 「黒いスーツの……細くて小柄な人ですね?」  ここからでは顔立ちまでは解らない。が、久我の記憶のどこかに、あの男の何らかの情報が刻み込まれているのだろうか。 「あの男のオーラを見てくれ」  オーラは、志馬の場合、もともとその人が持っている色であれば、普段でもぼんやりと見えているのだが、感情や体調の変化といったものまでは集中しないと見えない。  言われた通り、志馬は意識を集中した。  ぼんやりと、次第にはっきりと、色が見えてくる。 「青、というか……緑も混じってますね」 「ほう」  久我は内ポケットから携帯を取り出すと、何やら操作し始めた。 「青というか、緑というか……」 「どっちだ?」 「強いて言うなら……」 「うん」 「青緑」 「……志馬君」 「……はい」 「いい度胸してるね」 「ありがとうございます」  誉めてない。
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