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何やら楽しそうに久我のおしゃべりは続くが、何ひとつ頭に入ってこない。あの狭い独身寮に帰りたい。帰って寝たい。休みたい。
「あ」
ふと久我が立ち止まったので、つられて足を止めた。自分より15センチは背の高い久我を見上げると、一点をじっと見つめている。その表情は、さきほどカフェを示した時とは明らかに異なり、真剣味を帯びていた。
「ど、どうしたんです」
志馬の問いにも視線を外さない。
「あそこの、あの信号を待ってる人々」
「……はい」
駅前のロータリーだ。見通しのいいスクランブル交差点になっている。
「信号機のすぐ横に立ってる男」
「黒いスーツの……細くて小柄な人ですね?」
ここからでは顔立ちまでは解らない。が、久我の記憶のどこかに、あの男の何らかの情報が刻み込まれているのだろうか。
「あの男のオーラを見てくれ」
オーラは、志馬の場合、もともとその人が持っている色であれば、普段でもぼんやりと見えているのだが、感情や体調の変化といったものまでは集中しないと見えない。
言われた通り、志馬は意識を集中した。
ぼんやりと、次第にはっきりと、色が見えてくる。
「青、というか……緑も混じってますね」
「ほう」
久我は内ポケットから携帯を取り出すと、何やら操作し始めた。
「青というか、緑というか……」
「どっちだ?」
「強いて言うなら……」
「うん」
「青緑」
「……志馬君」
「……はい」
「いい度胸してるね」
「ありがとうございます」
誉めてない。
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