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逃走するか──志馬が身構えた時だった。
「やあ」
なんとも呑気な声が頭上から降りかかった。隣を見ると、久我が男に向かってにこにこ笑いかけながら、片手を上げている。
(……はあ?)
「見つけるのにもっと手間取るかと思ったけど、あっという間に見つかってよかったよ。やはり私たちは運命の赤い糸で結ばれているんだな」
「なに寝ぼけたこと言ってんだ。立ったまま目ぇ開けて寝てんのか?」
男はその秀麗な眉をぐいと寄せた。
全国指名手配中の容疑者、という訳ではなさそうだ。犯罪者共通の、禍々しい赤黒い色も纏っていない。
それにしても、随分と綺麗な男だ。男に対しての形容ではないだろうが、その言葉が一番しっくりくる。あとは、涼やか、とか、神秘的、とか。派手な華やかさはなく、花に例えるなら薔薇ではなく桔梗。ところでこの男は何者だ?
「志馬君」
「はっ」
久我の声に反射的に反応してしまう自分が犬のように思えてきた。
「こちらが我が久我班の最後の一人、椎野巡査長」
「えっ、この人が?」
久我行き付けのバーのバーテンダーかと思った。
「俺じゃ何か問題か」
椎野の、耳に心地よい、やわらかな声音──いや、心地よくなってる場合ではない。
「あ、あの、志馬巡査です。本日付で──」
「ああ、オーラが見えるってのはおまえか」
なんなの第5係の人たちって。なんで普通にちゃんと挨拶させてくれないの。
「言っておくが、俺はオーラってものは見えない。俺自身なぜこの班にいるのか解らねえ」
「おいおい、ひどいな椎野君」
いかにも悲しそうに、久我の太い眉が下がった。だが次の瞬間には、既に見慣れたものとなった輝く笑顔になり、椎野の肩にぽんと腕をまわしていた。
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