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「よかったじゃねぇか。アンタの特技を活かせる職場で」
「えっ……あ、ああ……」
なんだろう、なんだか騙された気分だ。この男は、椎野は、もしかしてこの事に気付かせる為にわざと──?
「……あのさ」
どうしても確かめたくなり、志馬は思いきって口を開いた。椎野がちょこんと首をかしげる──かわいいじゃねぇかチクショウ。
「あんたってもしかして……人の心が読める力とかあるのか?」
「はあ? なんだそれ。マンガの読みすぎか? 中二病を拗らせたってやつか?」
一瞬でも椎野をかわいいと思ってしまった自分を呪い殺したくなった。こいつが癒し系? こいつが、癒し系だと?
「やあ、ごめんごめん」
電話を終えた久我が、何かいい知らせだったのだろうか、携帯をしまいながら笑顔で振り向いた。
「一度、署に戻らなきゃなあ」
「何かあったのか?」
「うん。まあ、詳しくは署で……帰るよ、志馬君」
「あ、は、はい……」
二人の会話を耳に受けながらも、志馬は一人の男から目が離せなくなっていた。
人混みのなか、ゆっくり、ゆっくり歩いていく後ろ姿──久我と同じくらいの身長だろうか。肩幅も広く逞しい体つきをしている。長めの、ゆるくウェーブのかかった茶色の髪が、ふわふわと風になびいている。
どこにでもいそうな背中ではあった。だがあの男は──
(オーラが見えない)
意識して見なくても、人の本質的なオーラというものは、誰しもやわらかく纏っているものだ。まったく、何の色も発していない人は初めてだった。
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