Episode 2

2/26
619人が本棚に入れています
本棚に追加
/156ページ
「志馬──」  坂下から目を離さないまま、椎野は僅かに顔を志馬のほうへ向けた。 「どうだ、見えたか」  ……あ、そうだ、こいつのオーラを見るんだった。臭いに気を取られてる場合じゃない。  志馬は眉間に皺を寄せて坂下を見つめた。黒い、まるで底なしの闇のような(もや)が、全身を包み込んでいる。 「あー……」  志馬は呻いた。これは、こういう禍々しい靄が自身を包み込むようなものは、危険であるし厄介だ。  志馬の苦々しい表情を見て、椎野は不意に坂下の腕を掴むと、力まかせに、まるで背負い投げでもするかのような勢いで、外へと引っ張り出した。本当に、この小さい体のどこにそんな力が。 「なっ、何するんだ!」 「大家の代理で来た。テメエとじっくり話がしたいが、この部屋に入る勇気は俺にはない。テメエのその格好じゃ店にも入れないから、そのへんのベンチでいいか」 「……話すことなんか、何も」 「家賃踏み倒しといてよく言う。まあ、他にも聞きたい事があるから、とりあえず来い」 「嫌です。大家さんの代理とか、そんな、よくわかんない人たちについて行くほど俺は──」  横から腕がぬうっと伸びてきて、抗う間もなく襟首を締め上げられた。 「テメエはさっきから聞いてりゃぐちぐちと……どうやら自分の立場を解ってねぇようだなあ、オイ?」  眉も口も不気味に歪める志馬に、坂下はここにきてようやく「やばい」と思った。大家の代理、というのはつまり、893だったんだ。考えてみたら、二人が黒いスーツ姿である事も、充分怪しい。
/156ページ

最初のコメントを投稿しよう!