624人が本棚に入れています
本棚に追加
そんなことをぼんやり考えていたら、黒猫に似た男と不意に目が合い、ウエハラはびくりとしてうろたえた。黒猫男のぎょろりと大きな二重の目は、すべての物事、その真理までをも見透かしているかのようだ。思わずウエハラは目を逸らした。
「ずいぶんと物騒なモン持ち歩いてんだな」
黒猫男はちらりと足もとのリュックに視線を落とした。
「包丁が2本に、サバイバルナイフが1本。拳銃もあるのか」
「ご……護身用ですよ」
「こんな御大層なもので武装しなきゃならねぇほど、何かヤバイ事しでかしたのか」
「ち、違……だって今、みんな拳銃くらい、持ってるじゃないですか。いつ犯罪に巻き込まれても、おかしくない時代ですよ。この程度の武器じゃ、足りないくらいだ」
「ほう……」
黒猫男はひょいと腰をかがめると、リュックの中から拳銃を取り出した。
「コルトディフェンダー」
手のなかにすっぽりと収まるシルバーの銃身が鈍い光を放つ。
「まあ、一般的な護身用だが」
凶悪な無差別殺人事件が増加の一途を辿り、護身用として銃の所持を許可するとの法改正が行われたのが10年前。以来、銃の保有者は増える一方である。
「一体何人殺すつもりだ?」
黒猫男の言葉に、一瞬にして体じゅうの血液が逆流した。
「ち、違うって言ってるでしょ! 護身用です、護身用!」
「テメエ、いい加減白状しやがれ!」
襟首を掴む坊主鬼の拳に力がこもり、ウエハラの額に坊主鬼の額がぐりぐりと押し付けられた。目は血走り、口の端からは泡が噴き出している。
薬物か何かだろうか──自分よりこの鬼のほうがヤバイだろ、と震えながらウエハラは思った。
「オイ、本当のこと言えってんだよ、この武器オタがあっ!」
「ヒッ! たっ、助けてください!」
涙で潤んだ目を黒猫男に向けて叫ぶウエハラの声は、語尾が掠れていた。
最初のコメントを投稿しよう!