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だが黒猫男は、何の感情もない冷めた目でじっと己を見るだけで、坊主鬼から助けてくれそうにない。当然といえば当然か。この二人は共謀者なのだから。
そう、諦めかけた時だった。
「志馬、一度離れろ」
静かな声がウエハラの耳をふわりと撫でた。
坊主鬼、志馬が忌々しげに舌打ちし、突き飛ばすように襟首から手を放す。突如体の自由が戻り、ウエハラは僅かによろめいた。
「冷静になって、ちゃんとヤツを見てみろ」
黒猫男の言葉に、志馬が不承不承といった目でじろじろと自分を見る。見回す。舐めるように見る。
「──ああ、消えてやがる」
「脅しすぎたか」
「はあ? あれくらいで消えるくらいの、くだらねぇモンだったってことだろ?」
「ウエハラユウスケ」
ふと黒猫男の大きな目がウエハラを捉え、ウエハラはびくりと身を強張らせた。
「おまえ、なぜ人を殺そうと思った?」
その質問が投げ掛けられた瞬間、世界は動きを止めた。風も、音も、人工的な光も、月も星も、まるで凍りついたかのように、単なるモノクローム写真と化した。
なぜ、人を殺そうと──
そうだ。
俺は、俺を馬鹿にした会社のヤツら、あいつらを殺そうと思った。オフィスに忍び込み、朝になって出勤してきた何も知らない憐れなヤツらを。
「お……俺は……」
舌がもつれる。なめらかな発音とは言えない。だからライバル会社に馬鹿にされるのだ、そのしゃべり方をなんとかしろ──怒鳴る上司、嘲笑う同僚たち。
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