Episode 3

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 15段ほど昇ると、視界が開けた。どこまでも白く平坦な空間は、生活音もなく、行き交う車の音もささやかで、まるでここだけが世界から切り取られているように感じる。  そのあまりに物悲しい世界の片隅で、少年は黒い(もや)を纏い、ひっそりとうずくまっていた。 「明智さん……」 「ああ」 「その怖い顔、なんとかし──」 「おまえに言われたくない」  二人の囁き声に、少年が顔を上げた。  泣いているのかと思ったが、その幼い顔には何の感情も浮かんでおらず、ただじっと、不意に現れた二人の大人を凝視する。その真っ直ぐな瞳に、志馬のほうが狼狽(うろた)えた。  が、明智も腰が引けてしまったようだ。志馬の腕を掴んだかと思うと、ぐいと前に押しやった。 「えっ、ちょっ……」  ずるい。卑怯だ。あんな子ども相手にどうしろと言うんだ。  自然、少年の目が志馬に集中する。仕方ない──嫌な汗をだらだら流しながら、志馬は覚悟を決めた。二度三度と咳払いをし、緊張を解く為か、意味もなく体を揺らす。  先に言葉を発したのは少年のほうだった。 「だれ……?」  少年特有のソプラノが優しく風に乗る。志馬は揺らしていた体を止めた。 「あ……えっと、あの、公務員……」  いや何だ公務員て。おまわりさんだよとにっこり微笑みながら言えばよかったじゃないか、なに言ってんだ俺。 「公務員……?」 「あ、ああ、うん。国民の皆さまの税金で給料を──はぐぅおっ」  太ももの裏に痛烈な蹴りを受け、悶絶した。大腿二頭筋が断裂したかもしれない。
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