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「みんな、勉強しろ勉強しろって言う」
何を見ているのか、少年は目線を下げたまま、独り言のように呟いた。
「そっか……それも勉強が嫌になっちゃった原因かな」
少し考えてから、少年は深々と頷いた。
「なんでそんなに勉強しろって言われるんだろうな?」
「……勉強して、いい大学に入りなさいって」
「君は、いい大学に入りたい?」
「わかんない」
「だよなあ」
志馬は背をフェンスに預けると、空を仰いだ。湿度が低く、カラッとしたいい天気である。澄んだ水色の空を、鳥が2羽、翼を羽ばたかせながら飛んでいた。
「なんで大人は、いい大学に入りなさいって言うの?」
「それ、誰に言われた?」
「……お父さんとお母さん」
「お父さんとお母さんには聞いてみた?」
再び僅かな沈黙が訪れ、ややあって少年は首を横に振った。志馬は視線を前に向けると、ふーっと息を吐き出した。
「お兄さんが思うに、お父さんとお母さんは、君が将来、やりたい仕事に就けるように、いい大学に入って欲しいんじゃないかなあ」
「お医者さんか、コッカコームインになりなさいって」
「限定かよ!」
いたたまれず、明智が口を挟んだ。少年と志馬が同時に明智を見る。
明智は仁王立ちしたまま、怒りに目を見開いていた。怖い。まさに今、古井戸から這い出てきたかのようだ。
その、まるでホラー映画に出てくるような表情のまま、恐ろしいほどの勢いで少年に駆け寄った。恐怖にのけぞる少年の背がフェンスに当たり、カシャンと小さな音をたてた。
「君は、医者になりたいのか。国家公務員になりたいのか!」
そのあまりの気迫に、志馬が体を縮ませ、小さく「きゃっ」と悲鳴をあげた。
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