Episode 3

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 高宮少年もすっかり青ざめ、何度も何度も首を横に振る。 「なら、親にそう言うんだ!」 「い……言ったもん……」 「親は何と言った!」  古井戸から這い出てきた亡霊は、今や鬼軍曹と化していた。怖い。 「おっ……怒られ……」 「怒られたのか!?」  答えるかわりに、少年の目にみるみる涙が溜まってきた。志馬は、自分まで明智を怖がっている場合ではないと身を乗り出した。 「そ、そう怒鳴るんじゃねぇよ、怯えてんじゃねぇか!」  志馬の影で、高宮少年はぶるぶると体を震わせている。最初に会った時の、あの冷めた表情と違い、いかにも8歳児らしく見えた。 「なあ、ちょっと、話を整理してみようか」  5年に一度くらいしか使わない優しい声音で、志馬はそっと語りかけた。 「君は勉強が嫌いで、でもお父さんとお母さんに、勉強して、いい大学に入って、医者か国家公務員になれって言われた」  こくり、と少年が頷く。 「なりたくないって言うと怒られる。それが嫌で、ここへ来たの?」  ここへ──この、何もない孤独な世界へ。  拳銃を手に、少年はここで何をしようとしていたのか。 「……お父さんとお母さんに言われた通り、頑張ってみたんだ」  ややあって少年は、消え入るような声で話し始めた。 「塾にも通ってる。月曜日と火曜日と、木曜日と金曜日」 「遊ぶ暇がないな」  明智がぽとりと言葉を漏らす。 「テストはぜんぶ百点取りなさいって。学校のテストも、塾のテストも。百点取れないってことは、解ってないって事だからって」  正論ではある。が、すべての試験で満点を取る事のできる人間なんて、果たしているのだろうか。
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