Episode 3

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 少年のその決意に、明智はふわりと笑みを浮かべた。 「勉強も大事だが、頑張りすぎなくていい。いろんな場所へ行ったり、いろんな人と会う。いろんな考えを聞いて、いろんな角度から物事を捉えられるようになる事も大切だ。これは教科書では学べないからな」 「和輝──!」  突如、あたたかく静かな空間を、悲鳴にも似た声が引き裂いた。反射的に振り向くと、階段のところにスーツ姿の女性が立っていた。肩で息をしながら、今にも泣きそうな、沈痛な面持ちで少年を見ている。 「お母さん……」  少年はばつが悪そうに俯いた。  ヒールを鳴らしながら、母親が足早に近付いてくる。泣きそうだった彼女の表情は、怒りへと代わっていた。明智は咄嗟に少年を背にして立ち上がり、母親と向き合った。 「こんなところで何してるのよ! 学校はどうしたの!」  まるで明智など目に入っていない様子で母親が少年に向かって叫んだ。明智が口を開くより先に、今度は明智を睨み付ける。 「息子がご迷惑をおかけしました。あとは大丈夫ですから」  お引き取りくださいと、口を挟むなとでも続きそうな口調だった。明智は動かなかった。 「本当に大丈夫なんですか?」 「そこ、どいてくれません?」  子育て論に口を出すつもりは明智にだってない。そもそも子育てをした経験がないから何も語る事ができない。  だが、高宮少年の心の痛みは、解る。 「和輝君が生きてて、良かったですね」  母親がつと目を細めた。この女は何を言っているんだと、怪訝そうに首を傾げる。 「死んじゃったら、何もかも終わりですもんね」
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