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明智のその言葉で、母親の眉間にぎゅっと皺が寄った。
「なに言ってるんです、うちの子が自殺するとでも? 和輝がそんな事する訳ないじゃない!」
「そう言い切れますか? 何を根拠に?」
「和輝は私たちの子です。自殺するような、そんな弱い人間じゃありません」
「いくら強い人間でも、追い詰められたらどうなるか、解りませんよ」
ふと母親は押し黙った。明智が投げ掛けた不可解な言葉を理解しようと、必死に考えているようだった。
「なぜ和輝君は、学校をずる休みしてこんなところにいると思います?」
「……」
「それと、これ」
明智は僅かに体をずらして、少年の傍らに置かれた拳銃を示した。母親の目がみるみる見開かれた。
「おもちゃ……ではないですよね」
「和輝!」
再び母親の金切り声が響いた。
嫌な声だ、と志馬は思った。心がざわつく。あんな声は二度と聞きたくない。
そっと少年のほうを盗み見ると、両手で耳を塞ぎ、ぎゅっと目を閉じ、俯いていた。見えない殻のなかに閉じ籠もり、嵐が過ぎ去るのをじっと待っているかのようだった。
「お父さんの机の引き出しを勝手に開けたのね! いつも駄目って言ってるでしょ! どうして言うこと聞かな──」
「和輝君の将来の夢、ご存知ですか?」
ヒステリックな母親の声と対照的に、ひどく落ち着いた、静かな声音で明智が尋ねた。
母親はぎょっとしたように明智を見ると、綺麗に紅が塗られた唇をわなわなと震わせた。だがその唇から、明智の質問に対する答えが紡がれる事はなかった。
「……それがこの騒動の答えですよ、高宮さん」
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