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すがるような目で明智を見つめた。言葉ではなく、目で問いかける。自分は間違っているのか。自分はどうしたらいいのか。
「いつも、怖い顔をしてたんじゃないですか?」
「……え?」
「和輝君が答えるのを躊躇してしまうくらい、怖い顔をしてたんじゃないですか? 自分が子どもだった時のことを思い出してください。どんな親であっても、無条件に愛してたでしょう? 親に笑ってほしくて、認めてほしくて、一生懸命だった筈です」
母親の目が不安定に揺らいだ。
「それは和輝君だって同じ。あなたに喜んでもらおうって、必死なんです」
俯いたままの少年の目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。まだ幼いから自分の思いを表現する術が少ないだけなのだ。泣いたり喚いたりする事で感情を伝える子どもは救いがある。負の感情を、ひたすら内へ内へと閉じ込めてしまうと、いつか爆発してしまう。
「わ……私はただ、和輝が将来苦労しないようにって……」
「“今”の和輝君を見てあげてください! すごく頑張ってるでしょう? ちゃんと褒めてます? 頑張ったねって、認めてますか?」
少年から嗚咽が漏れた。
いけない、と志馬は立ち上がった。少年の目の前で母親を責めてはいけない。自分のせいで母親が怒られていると思ってしまう。
「うちの明智の言うこと、少しはご理解いただけますか? 子育てに関する相談窓口はいろいろある。どうか一人で悩まないでください」
そう、彼女は和輝君を愛していない訳ではない、頑張りすぎているだけなんだ──母親の潤んだ瞳に、志馬は深く頷いてみせた。
***
署へと戻る車中では、二人とも無言だった。いろんな感情が胸に飛来し、形を成す前に霧散していく。そうしたあやふやなものを言葉として相手に伝えるのは至難の技だった。
ただ、今度の連休にでも、実家に顔を出そうかという思いだけは、ぼんやりとだが固まった。志馬の実家はここから電車で1時間の距離である。日帰りも可能であるのに、ここ数年はなんだかんだと理由をつけて帰っていなかった。
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