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もう通話を終わらせたい、という目で山崎は久我を見たが、久我は静かに首を横に振った。山崎には酷だろうが、相手を知る絶好のチャンスだ。
『ねえ。今日は仕事休んじゃったの? ずっと家にいたよね?』
「……私、あなたのこと、警察に相談しましたから」
『ふふふ』
予想外の反応に思わず怯む。否──自分の弱みを隠す、精一杯の虚勢かもしれない。
「嘘じゃないですよ」
『解ってるって、そんなこと』
そんなこと、という言葉にカチンときた志馬は鬼瓦のような顔になった。
「警察が、動いてくれます」
『へえ。珍しいね』
ストーカー行為をしといて、ストーカー規制法について何も知らないのか、馬鹿かおまえは、と志馬は怒鳴りたい衝動に駆られた。SNS上でのしつこいメッセージ送信も、2017年に法改正されて、規制法違反に該当するのだ。
「これからは、警察が、あなたを監視してくれます」
細かく震える山崎の声が痛々しい。もう会話を終了したほうがいいんじゃないかと、思わず身を乗り出した志馬の耳に、にわかには信じられない言葉が返ってきた。
『うん。どうもありがとう』
ありがとう、だと?
そこにいた誰もが眉を寄せ、互いに顔を見合わせる。その動揺した様子すら見抜いているかのように、電話の向こうで男がくつくつと笑った。
『好都合だよ』
***
山崎の事案を危険と判断した久我は、自宅マンションに帰ることを禁じ、群馬県にある実家まで明智に送らせることにした。念のため非常口からこっそり外に出ると、志馬が横付けにした覆面パトカーに急いで乗り込む。
「じゃあ、明智君、頼んだよ」
「頼まれました」
いささか不安の残る返答だが、大丈夫、明智は出来る子だと、久我は自分に言い聞かせた。
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