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久我の手から携帯を引ったくると、椎野は上着を肩に掛けて、車の鍵を掴んだ。
「おや。もう行くのか?」
「嫌なことはさっさと済ませる主義だ。志馬、ボケッとしてんじゃねぇよ」
「えっ?」
いつの間に巻き込まれていたのか──最初からか。振り向きもせず部屋を出ていく椎野の背中を、志馬は慌てて追いかけた。
山崎翔子の住むマンションは、隣の駅のすぐ近くにあった。大きなショッピングモールや映画館などが建ち並び、立地条件としては素晴らしい。
マンションに隣接する大型家電量販店に車を停め、椎野と志馬は淡いクリーム色の10階建てマンションへと向かった。管理人に大まかな事情を説明してエントランスのドアを開けてもらう。17時半──買い物や仕事帰りと思われる居住者の姿を横目に、エレベーターで7階に上がる。
エレベーターホールからほど近い705号室、山崎翔子の部屋だ。椎野は外廊下から周囲をぐるりと見渡した。
ショッピングモールの自走式立体駐車場、それにここと同じくらいの高さのマンションが2棟。人を目視できるほど近い訳ではないが、双眼鏡を用いれば、距離は問題でなくなる。
「野郎、どっから覗いてやがる」
眉間に皺を寄せた椎野が、目星さえつけられない事に苛立ち、舌打ちする。
「志馬、なんかそれらしいモンは見えねぇのかよ?」
「あ?」
「1ヵ所だけタチの悪そうな靄が出てるとか」
「無茶言うなよ。それができたらそこらじゅうの犯罪者を検挙できるわ」
「ちっ。使えねぇな」
「はあ? 悪かったな!」
その時、椎野のジャケットから、賑やかな音楽が鳴り響いた。
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