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ヤツだ──反射的にそう思った。もちろん、山崎翔子の知り合いからの電話である可能性もあるが、違う気がした。ひとまず二人は、エレベーターホールへと身を隠す。
椎野が内ポケットから山崎の携帯を取り出すと、画面には070で始まる番号だけが表示されていた。
“着信拒否は、設定したことがばれてしまいそうで、怖くてしてません”──そう山崎は言っていた。事実、電話番号を変えても突き止められてしまったのだから、怖がるのも無理はない。
やかましい携帯を手に、じっと画面を睨み付ける。が、もし外廊下が見えるところから監視しているとしたら、山崎の部屋の前ではないにせよ、二人の怪しげな男が7階にいる事は、既に相手も知るところだ。椎野は意を決して携帯を耳に当てた。
『動くのが早いね。さすが“クガハン”』
さも可笑しそうな男の声音に、椎野は身を固くした。山崎は「警察に相談した」とだけ言った。それが何故、第5係だと断定できた?
否──椎野はそっと深呼吸した。ヤツはただ、カマをかけてるだけかもしれない。ヤツのペースに巻き込まれてはならない。
『あ、翔子ちゃんの部屋に入るのはナシね。そんなことしたら俺、なにするかわかんないよ?』
くくく、と喉を鳴らして笑う。ヤツから外廊下が見えているのは確かだ。そして、携帯が既に山崎から警察へと渡っている事も知られている。椎野はぎりりと奥歯を噛み締めた。
『それと、翔子ちゃんちの隣。空き部屋なんだけど、そこも入っちゃダメ』
「テメエにあれこれ命令される筋合いは──」
『あーっ。いいのかな、そんなこと言っちゃって。切り札持ってるのはどっち?』
携帯を床に叩きつけたい衝動を必死に抑える。ふざけんな、ストーカーの分際で。
『ところでさー……。あんた、すごくいい声だね。エレベーターの前に隠れてないで、もう1回出てきてよ』
咄嗟に電話を切ってしまった。相手のねっとりとしたしゃべり方、全能感、すべてが椎野の神経を逆撫でした。
「このクソ野郎!」
「どうした?」
「一旦引き上げるぞ。きちんと対策を練ってからじゃないと、ヤツの手のひらで踊らされることになる」
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