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しぶしぶ、椎野はスピーカー機能を使って電話に出た。
『ねえー、何時に帰ってくるのおー? 遅いよー』
相変わらずボイスチェンジャーを用いた不自然な声が、くねくねと甘えてくる。椎野のこめかみにピキッと音をたてて青筋が浮いた。耐えろ、と久我が目で制する。
『え、だんまり? んもう、つれないなあー』
このように甘えてこられて、つい絆されてしまう女性っているのだろうか。志馬は自分がくねくね甘えているところを想像し──吐き気をもよおした。
『ねえってばー。またあのいい声聞かせてよー。聞かせてくれるまで何度でも掛けるからねぇ?』
堪えきれず、椎野が鋭く舌打ちした。
ヤツはおそらく山崎のマンションを張っているんだろう。いつまでたっても帰宅した様子がなく、やきもきして電話を──
否──
微かな違和感が椎野の胸に立ち込めた。
あれだけ情報収集能力のあるヤツが、帰って来るのをただひたすら待つだろうか。いつもと同じ時間に帰ってこなかったら、いろんな手を駆使して居場所を探し出すのではないか。この、第5係に来たことを突き止めたように。
『ねえー。何時まで残業するのお? 一緒にごはん食べようか。ふふふ、ふ。あー、会いたいなあー』
「ここに彼女はいない」
ぴしゃりと椎野が言い放った。久我と志馬が同時に「あっ」と口のなかで叫ぶ。
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