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抵抗のなくなった腕を不審に思い、男の顔を見上げ、志馬は更に眉を顰めた。
男からすべての表情が消え失せていた。ぽかんと口を開き、さっきまで怒りを湛えていた両の目は、何をも映していないかのように、ただぼんやりと虚空を見つめている。
なんだ、どうした──男の、あまりに突然の変わりように、志馬は恐怖すら覚えた。徐々にオーラの色が変化していく。オレンジから黄色、黄色から白へ。
(……え?)
思わず志馬は男の腕を離すと、僅かに後ずさった。
白くなった男のオーラは、少しずつ淡く、薄くなり、やがて見えなくなった。
(色が……オーラが消えた……?)
まさか、こんなことってあるのか?
人には、魂の宿るものには、必ずオーラがある。必ず、だ。小さい頃から、物心ついたときから、どんな小さな命にも、鳥やハムスター、カエルにカナヘビにカタツムリ、ハエやアリにだって──
「し……志馬さん……」
恐る恐る男から手を離した田村が、ひどく怯えたような、困惑した顔で、志馬の背後をじっと見つめていた。
「な、なんだ、どうした」
「やられました……」
「え?」
志馬は素早く田村の全身に目を走らせたが、外傷らしき部位は見当たらない。
「やられたって……え、どこを……?」
「椎野さんが、消えました……」
「えっ──」
信じられない思いで振り返り、そして愕然とした。
さっきまでベンチの横に立っていた筈の椎野が、忽然と姿を消していた。
なぜ──まさか、この男は囮だったのか……?
オーラの色を失った男は、まるで魂が抜けてしまったかのように呆然と佇んでいたが、やがてぐにゃりと体を傾け、その場に倒れ込んだ。
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