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都心の高層ビル群の賑やかな夜景に囲まれて首都高をひた走る。ビルの合間に真っ赤な東京タワーがちらちらと見え隠れしていた。
車の助手席に体を沈め、椎野は流れ去る夜景をじっと見ていた。ほんの数分前まで海浜公園にいたというのに、なぜいま自分が車に乗っているのか理解できない。しかもJaguarソブリンとかいうヤツだ、やたら鼻ヅラが長い高級車だ。
ふと、隣から小さな笑い声が聞こえた。
「緊張してるの? まさか怯えてるって訳じゃないよね?」
椎野は目だけを動かし、声の主をぎろりと睨んだ。
「緊張してるし怯えている。おかしいか」
「だったらもっと震えるとか泣きわめくとかしてよ。つまんないよ」
「テメエを喜ばせなきゃならない義務はない」
「ふうん。強気だね」
優雅な手つきでハンドルを握る男は、口もとに薄い笑みを浮かべた。
男の目的が解らない。山崎翔子のストーカーが、なぜわざわざ囮まで使って警官を拉致するのか。逮捕まで時間の問題と思っての暴挙か?
「テメエは──」
「エディ」
不意に男の口から衝いて出た単語に、椎野は眉を顰めた。男の切れ長の目が、ゆっくりと椎野を捉える。
「俺の名前。エディ。覚えといて」
「本名じゃねぇだろうが」
「え、なに、俺に興味あんの? 俺のこと知りたい?」
思わず椎野が舌打ちすると、男は満足そうに笑い、片手で茶色の髪を掻き上げた。
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