プロローグ

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プロローグ

 夜半過ぎともなると、駅前通りといえどさすがに人も車も少なくなる。華やかで鮮やかな色を放つネオンも、どこかしらじらしい。  喧騒が引いた真夜中の雑多な街に、必死で駆けるスニーカーの音と、己の息づかいだけが響き渡る。足の筋肉は限界だと訴えている。雨など降っていないのに、視界に映るビルや様々な色の発光体が奇妙に歪む。  歩行者用の信号は赤だったが、男は走る事を止めず片側3車線の広い通りを横切った。反対側の歩道にたどり着いた男のすぐ後ろを、乗用車が一台、猛スピードで走り抜けていった。  立ち止まり、戦慄(わなな)く両膝に手をついて喘ぐ。体じゅうの細胞が、空気を求めて悲鳴を上げていた。男は既にもう5分以上、全力疾走していた。  荒い息をつきながらそっと後ろを振り返り、そして男は絶望を知る。  鬼のような形相の、坊主頭の男が、スプリンターばりのフォームで迫ってくる。しかも自分との距離はどんどん縮んでいる。  あり得ない。  普通の人間であれば、全力疾走可能な持続時間など30秒が限界だ。  ああ認めよう、俺は全力疾走などしていなかった。5分間、一生懸命走っただけだ。それがあの坊主男は、あいつはドーピングでもしてるのか?  坊主男が通りを横断し始めたところで我に返り、慌てて駆け出そうとして足がもつれ転倒した。コンクリートに体がぶつかる「ごつっ」という鈍い音に続き、肘と膝にじわじわと痛みが広がる。  もう、駄目だ──ぎゅっと目を瞑った男の耳に、短いスパンの規則正しい靴音が近付いてきて、男の傍らで止まった。  荒い呼吸音が重なる。たとえ化け物のような体力の持ち主であっても、息は切れるらしい。  傍らに立った坊主男は、暫し息を整えることに専念しているようだ。地面に伏せたままの男の頭上から、呼吸音とともに汗までも滴り落ちてきそうだった。  その暑苦しい呼吸音に、新たな靴音が加わった。坊主男と違い、余裕の足の運びだ。 「このまま朝までここで寝てるつもりか」  後から来たほうの男が言ったのか、僅かに掠れを含んだやわらかな低い声は、呼吸の乱れを微塵も含んでいない。男は目だけを声のほうへと向けた。
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