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Episode 2
驚いたのは坂下圭吾だけではなく、志馬もまたぽかんとして椎野を見つめた。
先に我に返ったのは坂下の方だった。慌ててドアを閉めようとするが、時すでに遅く、椎野の足がドアの動きを封じている。
「おまえ、なぜドアを開けない。見られちゃマズイもんでもあるのか」
ドアの開閉という地味な攻防を繰り広げながら、静かな声音で椎野が尋ねた。
開けられた隙間から、むっと淀んだ空気が流れ出てくる。埃、体臭、いろんな食材が混ざったにおい──思わず志馬は片手で鼻と口を押さえた。
「……何なんですか、あなたたちは」
歯を食い縛ったまま、坂下は己の唇をべろりと舐めてから、唸るような声を漏らした。背が高く、はち切れそうなほど盛り上がったTシャツに収まるのはたっぷりとした贅肉。無精髭と、伸びてしまったボサボサの髪が、3ヵ月という時の流れを無情に語っている。
「食い物のデリバリーとでも思ったか。残念だったな」
不意に坂下の手が椎野の肩に伸びてきた。肩に触れるより先に、椎野の手が勢いよくそれを払う。
「汚ねぇ手で触んな」
「不法侵入で訴えますよ!」
「安心しろ、テメエの腐敗部屋に入る気なんかねえよ」
坂下の肩越しに見える室内は、カーテンが閉めきられていて薄暗く、物で溢れかえっていた。壁際のテレビだけが、鮮やかな光を放っている。
「……何ですか、何が目的ですか」
椎野が一歩も引く気がないと観念したのか、ドアを閉めようとする坂下の力が弱まった。
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