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Episode 3
マンション最上階の外廊下から屋上へと続く非常階段の入り口は、スチールメッシュの門扉で封鎖されていた。高さおよそ2メートル、南京錠で施錠されてあるが、その網目に足を掛ければ乗り越える事も不可能ではない。
「鍵は私と、あと守衛さんが管理してます」
南京錠を開けながら、管理人である初老の男性が言った。寄せられた眉は、屋上にいる少年を心配しているというより、面倒事が嫌であるような雰囲気に見えて、志馬は顔を顰めた。
「確認なんですが」
一切の感情を伏せた明智が、フェンスを見つめたまま静かな声を放った。
「高宮君がここにいると気付いたのは、何時頃ですか?」
「8時ちょっとすぎくらいでしたかねぇ……すぐそこにお住まいの方が、フェンスがカシャカシャ鳴る音を聴いて出てみたら、高宮君が階段を昇ってくところだったって」
「なぜ高宮君だと解ったんです?」
「そこに、ほら──どこかに引っ掛けたんでしょうかねえ、上履きの入った袋が落ちてましてね。それに名前が書いてあったから」
管理人が示す先を見ると、可愛らしい絵の描いてある巾着袋がぽつんと落ちていた。明智は屈んでそれを手に取り、中身を確認した。驚くほど汚れ、ぼろぼろになった小さな上履きだった。
「ここに住んでるすべてのお子さんを把握してるって訳じゃないですけどね。顔くらいは覚えてるもんです。特に高宮君は、一人でいる事が多かったから」
「いつも一人?」
「ええ、だいたいいつも」
「お友達は?」
「一緒にいるところを見た事がないですねえ」
上履きを持ったまま、明智は開け放たれた階段の向こうを見遣った。子どもは天使で、時に残酷だ。
「ありがとうございます、行ってきます」
「よろしくお願いします」
振り返りもせず、明智は階段を昇りはじめた。慌てて志馬が追う。
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