助手席は君のもの

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助手席は君のもの

 キーボードを叩いていると、マウスのすぐ横にピンク色をした小さな包みが置かれた。 「お土産です。どうぞ」  同じ営業課の井上紀香が、課の机に菓子を置いて回っていた。 「ああ、サンキュー。旅行にでも行ったのか?」 「はい。友達とディズニーに。良い天気だったから混んでましたよ」  包みを持ち上げると茶色いくまと黒いネズミのイラストが書かれている。ディズニーにくまのキャラなんていたか? プーは黄色だろ? よく知らねぇけど。 「ディズニーねぇ。俺、行ったこと無ぇわ」 「本当ですか?」  井上は目を丸めて俺を見下ろした。 「好き好んで混んでるところに行きたくねぇもん」 「うわ。TDLができて何年経ったと思ってるんです? シーですら十七周年だっていうのに」  確かに自分が小さな頃にオープンした場所だ。修学旅行がディズニーだなんていうのが羨ましかったりしたっけ。  俺は包みを置いてため息を吐く。 「俺みてぇなおっさんが行くようなところじゃねぇだろう」 「年なんて関係ないですよ。何てったって夢の国ですから!」  拳を握って熱弁をふるうディズニーの回し者みたいな井上に、俺は顎をひょこりと突き出して「ヘイヘイ」と頷いた。すると井上はじっとりと半眼になる。 「ああ、さては海藤さん、一緒に行ってくれる人がいないんですね」 「余計なお世話だよ」  ちっと舌打ちを返すと、井上は笑いながら離れて行った。 (別にディズニー好きな女なんていらねぇよ)  机の引き出しを開ける。ボールペンや付箋の横にピンク色の包みが転がった。
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