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4月の半ば、大きなお姉さんに付いて、初めて来た街で初めての場所に足を踏み入れた。
「菫〜すみれ〜」
ドアの前に光る看板。
裏口に案内されて中に入ると、洋服やたくさんの化粧品が並び、大きな鏡台ががいくつも置いてある部屋に通された。
「ごめん、私、遅刻なの。急いで着替えて出ないと…。」
目の前で着替え始める。
上着を脱ぎ、ハンガーに掛けに行く。
立ったまま物珍しくそれを見ていた。
「えっ?胸がない!」
思わず声を出した。
お姉さんは鏡に向かったまま、
「そうよ〜。ないわよ〜。身体は男のまんまだからね?」
と答えた。
「お姉さんじゃない?」
「うん、でも心はお姉さん。だから嬉しかったわ。」
手早く着替えて化粧をして、後ろ姿も鏡で映して確認する。
「マリー、遅いわよ!来てるわよ、社長!お待ちかね!」
「はいはい。あ、ママ。この子、私の手が空くまでお願いしていい?
何か食べさせてあげて。私、払うから。お願いね?」
ママと言う人はすみれ色の着物姿で、綺麗な人だけど……。
私の中に疑念が浮かぶ。
「考えてる事分かるわよ?胸は付けたの。下もないわよ?
ここは男性が女装してお客と飲む店。分かる?あんたどう見てもいいとこのお嬢さんでしょ?」
笑いながらママは私に向かって言った。
言い当てられてドキッとした。
普通のジーンズに、薄いブルーのワイシャツ、大きめのグレーのカーディガンで女の子っぽい服装は避けてきたつもりだったからだ。
「まぁいいわ。深く聞かない。マリーが連れてきたんだし、おいで、ご飯食べさせてあげる。」
「いいんですか?」
「マリーが言うんだからいいんでしょ?遠慮しないで食べなさい。
顔色悪いし、なんだか疲れているみたいよ?」
厨房に連れて行かれて、ママはそこにいた女性二人に適当に食べさせて、と言うと、店に戻って行った。
厨房の女性は親切で、温かい白いご飯、玉子焼きに豚汁を出してくれた。
お腹がいっぱいになって、暖かくて、厨房の隅にあった丸椅子に座り、鞄をしっかり抱えて、いつに間にかウトウトと眠ってしまった。
気が付いたら朝でソファに寝かされていた。
隣の部屋からいびきが聞こえてそっと覗きに行くと、昨夜のお姉さんが、男の人になって寝ていた。
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