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ホテルを出る前にロビーで電話をかけた。
番号が変わっていない事を祈りながら。
『はい?颯さん?』
とりあえず、ホッとして、
『そう。急にごめん。今いいかな?』
と、相手を一応は気遣う。
『ええ…。』
飯塚円佳が返事をした時、ロビーの時計が曲を奏でた。
似たような音が、飯塚の背後から聴こえた気がした。
『今、何処にいる?』
『今?律さんの式場のホテル。寝坊して朝食を食べてます。お昼も兼ねてかな?』
『一階の喫茶店?』
『いえ、二階の和食ビュッフェです。』
『すぐ行くから、そこ、動かないで。』
慌てて階段を登る。
飯塚円佳はのんびりと和食のビュッフェを一人で食べていた。
「どうしたんですか?」
正面に座る…が、ここからお腹は見えない。
直球で聞く。
「妊娠してるのか?」
その言葉に俺の方を向き、嫌な顔で笑う。
音とは似ても似つかない。
今となっては、どうして引っかかったのかが不思議でたまらない。
「だとしたら?颯さんの子なら責任とって下さいます?ていうか……誰から聞いたかすっごく気になる。退職届け、明日出す予定で、まだ相手にしか話してないんです。あと、昨日もう一人。思わず、虐めたくなって。」
「相手しかって…じゃあ……。」
「まだ2ヶ月過ぎですよ。計算が合わないでしょ?
安心しました?」
正直、力が抜けるほど安心した。
だけどそれを出さずに聞いた。
「聞いていいかな?お相手は?」
「そこはお嬢様に感謝ですねぇ。」
飯塚の口からお嬢様と、出てくると少しムッとする。
「何が?」
「颯さんと終わってすぐ、結婚相談所っていうのかな?入会したんです。
団体お見合いパーティー、参加して、せっかく身に付けたお嬢様の所作じゃないですかぁ?使わない手はないと思って、お嬢様になりきって参加したんです。お金持ち限定だったので、お嬢様キャラって受けがいいんですかね?
モテモテで、三人と個人的にデートして、一人に決めたんです。
あっという間に結婚まで行きました。
まぁ、でき婚ですけどね。来月には結婚します。」
悪びれもなく、飯塚は言った。
「じゃあ、お腹の子はその人の?」
「ええ、私の相手がもし分かっても、昔付き合っていたとか、寝たとか言わないで下さいね?彼、凄くヤキモチ焼きなんで。面倒なんですよ。」
「音には、俺の子みたいに話しておいて?付き合っているとも嘘を吐いて、
寝た事も話したんだろ?随分、都合がいいな。」
「ですね?でも、あの頃はどうしても颯さんが欲しかったので、私は素直に動いただけです。颯さんを信じ切れなかったのはお嬢様だし、お嬢様を捕まえておけなかったのは颯さんです。違います?」
「もう、いいよ。これ以上、音に何かしたり言ったり、しないでくれ。」
半分呆れる。
「ええ、もちろん。颯さんも、私の幸せの邪魔、しないでくださいね?」
と言い、席を立ちさっさと消えて行った。
音とは似ても似つかない…身勝手で強引。
的を得ているから何も言えないのが悔しい気もする。
それでも、もう、飯塚円佳の事を気にしなくていいのは、有難かった。
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