千日前の怪

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

千日前の怪

それはどんより曇った昼下がり、やっと拾ったタクシーの中でのことだった。 「あの交差点では、タクシーが止まってくれないでしょう?」とその運転手は言った。 その通りだった。長い間その交差点で手を上げても、空車が一台も拾えなかった。 この辺りでは止まれない事情があるのかと思って移動したらすぐ止まってくれたのがこのタクシーだったのだ。 「やはり、何か止まれないルールでもあるのですか?」と聞き返すと 「なるほど、ご存じないのですね。」と含み笑いをしながらその運転手は教えてくれた。「あの辺りははね。江戸時代の昔、いわゆる首切り場でね。つまり処刑場ですよ。昭和になってからもデパートの大火災などがあって、昼の日中でも、人でないものがウロウロしてるのでね。」だから、運転手は無闇にはお客を拾おうとはしないとのことだった。 そして、ゆっくり後ろを振り向いたその顔には目がひとつしかなく、大きくウインクしてみせた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!