5. エゴノキ

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5. エゴノキ

6月15日  図書室は、不思議な場所だ。来る者拒まずだ。  私のような本好きには、特に好意的だけど、そうでなくても、追っ払ったりはしない。  特に用はなくて、図書室しか行き場がない子でも、手近にある本を一冊、さっと開けば、それで体裁は整う。  それが、他の特別教室だったらそうはいかない。  理科室には、触ってはいけない標本やら、割れてしまう実験道具ばかりだ。  家庭科室には、包丁まである。(まあ、手に取れるような場所にはないけれど)   とにかく、授業時間以外には、居てはいけない場所なのだ。  4年生の中村さんもそんな子だった。  ある時、3時間目の途中に彼は図書室にやってきた。  調べ学習や、図工の図案のために、授業中でも借りに来る子がいるのはわかってきた。彼もそうなんだろうと思って、少し放っておいた。  けれど、本を取り出す様子もなく、棚の間をふらあっと歩いている。  あれ? 違うのかな? 「何? 思ったような本がみつからん?」  話しかけると、慌ててそばの棚から本を出して見ている。  そんなことが何回かあった。それまでは、名前まで把握していなかった。    ある日の大休みに、近頃図書室に現れる、あの男の子が、私のところにやってきた。 「あの……ぼくの読書カードが無いんです」  読書カードとは、借りる本のタイトル名や借りた日を記入する個人カードだ。  カードは、クラスごとに仕切られた、木製の棚に入っている。 「ほんとに無い? 隣のクラスとかは?」  始めは本人に任せておいたが、無いようなので、いっしょに探し始めた。  別のクラスの棚も探してみたが無い。  学年別に色を変えてあるので、他の学年の棚にあれば、すぐにわかる。  それでも無い。 「もしかして、棚のすき間に落ちてるかな?」  手の平に乗るような小さなカードだ。ひらりと落ちて、入りこむ可能性はある。けれど、のぞきこんでもわからなかった。 「無いなー。じゃあ、新しいカード作るね。元のカードが出てきたら、テープでくっつければいいからね」 「はい」  それで、名前を聞いて、新しいカードに書き込み、手渡した。 「ありがとうございます」  彼は、4年2組の中村 航さんといった。中村さんは、人気シリーズの「デルトラ・クエスト」の一冊を手に取って、カードに書き込んでいる。 「あ、それ、おもしろいよね」  中村さんは、にこっと笑うと、カードを棚に差し込んで、出て行った。
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