3. ヤマブキ

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3. ヤマブキ

4月19日  夜、同じ新人サポーターの中林さんから、電話があった。  交流会の後、少し不安そうにしていた人だ。 「毎日、どうしてますかー? 何してますかー?」  今の声も、何だかおどおどして、不安そうだ。  もしかしたら、元々こういう話し方をする人なのかもしれない。 「去年の人の業務日誌を見ながら、何とか過ごしてる感じです」 「これでいいんですかね。いいんですよね、サポーターだし。言われたことして、それ終わったら、それで」  何か引っかかる気がした。    けれど、交流会の時にも話があった。  独断で進めることがないように。何事も、図書主任の先生に相談、途中経過を報告すようにと言っていた。 「う……ん。交流会のあの話だけで、あとは各校を各自でって、戸惑いますよね」  二人して、現状を伝え合った。  手探りなのは、自分だけではないんだと確認した。  ほっとしたけれど、胸にはわだかまりが残った。  それで私は、あの時明るい声を出していた、加賀谷さんのことを思い出した。彼女はどうしているだろう。 「ああ、赤木さんね。毎日? 楽しいですよ」  予想通りの返事だった。 「どんなこと、してますか?」 「うーん。どんなことって、この間もらった紙に書いてあったようなことしか、してないですよ。でも……そうだなあ」  加賀谷さんは考えていたのか、間があった。 「えっとですね、先週、『かいけつゾロリ』に、特別休暇を与えました」 「え? どういうことですか」 「子どもって、ゾロリばっかり借りていくでしょ?」 「ああ、はい」  確かに、子どもたちはこぞって、ゾロリを借りていく。    決められない子に、声をかけた時があった。 「どんなの読みたいの?」 「んーと、おばけが出てきてー、学校のでー、読みやすくって、マンガみたいなのでー、ま、いいや、ゾロリにしよ」  また、ゾロリかと思った。 「ゾロリがね、悪いというわけじゃないの。ゾロリは子どもたちを図書室に引っ張ってきてくれるしね。でもそこだけで、完結してる。そこだけで、ぐるぐる回ってるでしょ」 「それで、具体的にどうしたんですか?」 「ああ、隠したんですよ。シリーズごと、ごっそりと。まあ、どういう反応するか、見たかったのもあるし」  何と、荒っぽいことをする。 「子どもたちには、どう言ったんですか? 怒らなかったですか?」  加賀谷さんは不敵に、ふふふと笑う。 「さっき言った、そのまんま、言ったの。ゾロリは特別休暇をもらって、冒険の旅に出ましたって。しばらく帰ってこないから、ほかの本借りてよって」 「そんなの隠したって、バレるんじゃないですか。いくら子どもでも、わかるでしょう」 「それがねえ、文句言ってる子もいたけど、案外そうかって、信じてたり、無いならほかのでいいやって借りてったりしてましたよ」  加賀谷さんが子どもたちと、楽しんでいる様子が伝わる。 「ゾロリって、何で借りてくと思いますか」  今度は、加賀谷さんから質問された。 「それは、突拍子もなくて、道徳的でなくて、文字も少ないからですか?」 「そう、そして、みんなが借りていくから、安心なんですよ。はずれないのが、わかってるから」 「じゃあ、ほかの本に、そういう工夫をすれば、読んでもらえるということですか」 「まあ、それも様子見て、だけどね」 「様子を見る……それは、子どもたちの反応を見るって、ことですか?」 「そう、あれ? そんなんじゃだめですか?」  そうか。  私は、基本的なところを忘れていたと思った。  私は、図書の先生が変わっただの、調べ学習の時には、知らせてほしいなど、不満に思うことも多かった。  でも肝心なことが抜け落ちている。私は、子どもたちを見ていない。  そして、頭でばかり考えていないか。 「ううん! ありがとう。わかった。加賀谷さん、すごいです」 「え? そうですか?」 「また、連絡します」  明日、早速、ゾロリに特別休暇を与えることにする。  あ……でも、壮太さんのことがある。  そうか。  何でもそのままはいけないのだと、わかった。
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