新潟県長岡市:終わりがあり、始まる

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新潟県長岡市:終わりがあり、始まる

 今朝祖父が亡くなった。僕はそれを新潟行きの新幹線の中で聞いた。  燕三条駅を出発し、しばらくして母から電話があった。母は僕が毎年年末に、マリコの実家へ帰っていることを知っているし、その日付を予め確認していた。よほどのことがない限り、電話などかけてくることはない。「よほどのこと」とはつまり「不幸」にほかならない。  僕はデッキへ出て、携帯電話の受話ボタンを押した。そして、祖父がこの世にいないことを知った。僕はしばし呆然としていたが、母が思いのほか冷静だったので、気を取り直し、母の指示を待った。その日、12月29日から近日に葬儀を行うことが困難らしいが、何とか明日の午前中に火葬場を手配することが出来たという。火葬は母と叔父で済ませるから年明けの葬儀に出席して欲しいと言った。僕は母に対し何も言うことが出来ず、曖昧な相槌を打つと電話を切った。  僕が座席に戻るのをマリコは待ち構えていた。マリコは窓際の席に座り僕が隣に座るまで僕の顔を見つめていた。そして座ってもなお僕の顔左側面を大きな目で見つめた。頬に小さな穴が空いたような気がした。 「どうしたの?」 よい知らせでないことは当然わかっている。僕は話の切出し方をあれこれ考えてみたものの、当然のことながら気の利いた言葉が浮かんでこなかったので、事実を事実として、なるべく冷静なふりをして伝えた。 「母親から。じいさんが亡くなった。今朝だって」 マリコは目をもう一回り大きくした。僕の顔に新しい穴が空いた。僕はみるみる頭が空っぽになるのを自覚した。僕の話に続きがないことにマリコも気が付いた。 「戻らなくていいの?」 新幹線はそろそろ長岡駅に着く。母の実家は福島県のいわき市にある。これから東京へ戻ったところで、常磐線の最終電車には間に合わないだろう。次の日の始発なら間に合うかも知れない。しかしその時の僕には自分がどうするべきかなんて到底思い付かなかった。なにしろ徹底的に混乱していた。 「いや、母さんたちが進めるからいいって」 「そんなこと聞いてないわよ。あんたの気持ちを聞いてんの。もう二度とあえないのよ、わかる?」 僕は座席前のネットに挟まっているビールの空缶に焦点を合わせて、しばらく黙っていた。「都合が悪くなるとすぐそうやって黙るんだから」と以前マリコに言われたことがある。しかし今はなんと言われようとも、どうするべきか、どう言うべきか検討もつかない。窓の外では僕を冷やかすように雪が舞っている。 「生きてる人間ってのは大変なんだ。今帰ったところでじいさんが生き返るわけじゃない。生きてるじいさんにはもう二度と会えない」 僕は混乱した頭を抱えたままもっともらしい回答をでっち上げた。ビールの空缶はベコっと不愉快そうな音を立てた。そしてマリコがそんなことに同意してくれていないことは伝わってきた。そんな逃げ口上が通じる相手ではないのだ。それでもマリコは特に反論も何かを強要することもなかった。 「そう」 マリコはそう言うだけで、顔にハンカチをあてて、しばらくの間静かに泣いていた。  電車は長岡駅を出発して、新潟駅に向かっている。
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