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第73話 走馬灯
「母さん……まだいたいんだ、最後まで悠子を見守りたい」
母さんはムッとした。絶対俺の血の気が早いところは母さんに似たんだ。
「いい加減にしなさい。贅沢言ってんじゃないわよ。」
「一応悠子は母さんの孫だぞ?」
母さんは首を横に振った。
「それはそうだけど、あなたはもうあの世にいかなくてはいけない。このままいてもみんなをかきわすだけ。みんな前を見て進んでいるの。大人しく成仏しなさい」
嫌だ嫌だ、あと少しあと少し……あと少しなんだ!
母さんはスイッチを押すと赤ん坊だった俺は少しずつ成長していく。
家族写真、父さんと母さんはまだ若いし、妹は丸々として可愛い。
剣道を始めた頃の写真。喧嘩っ早かった俺は父さんに連れられて近くの道場で剣道を始めたんだ。まさか生涯続けていくとは思わなかった。
グレてた高校時代の三年生の県大会の時の写真。リーゼントにしてバイクにニケツして夜な夜な遊びまわっていた。
この時期は剣道はサボっていたのだが、道場の師匠に説教をくらい、しばらく鈍っていた俺は同い年のやつらに負けたのがすごく悔しくて。それで一生懸命再び練習をし、三年生最後の県大会で優勝した。眉毛の薄さがグレてた面影が残っている。ガラが悪すぎる。
大学時代、夜な夜な遊んでいた時の写真。みんな元気にしてるかな。
昔から俺は頭はいい方だったから勉強は苦労しなかったが、大学に入ったもののどうなりたいかわからなくて悩んだ末に遊びに走ってしまった。
この頃に俺は女を知ったわけで。恋愛に関してはそこまで派手ではなかった。……初めての相手の女の子は同窓会で会ったが、まだ独身だった。
教員になった頃の写真。大学三年の時に流石に遊んでばかりはやばいと思った俺は恩師に相談し、教員の道を選んだ。
そして美帆子と三葉が教育実習生としてやってきたのだ。
美帆子と結婚、悠子が生まれた時の写真。この写真はなかったはずだが……
「美帆子さんから送られてきた写真よ。これしかないけどね。」
……これどこにあるんだ?唯一、俺と悠子が写っている写真じゃないか。
「実家のどこかにあるでしょうね。美帆子さんには申し訳ないと思ってるわ。あんたがしっかりしなかったから逃げられたのよ。
もっとしっかりしてたら普通にあなたは悠子ちゃんの父親として今日を迎えてたかもね。死なずに。」
……そんなこと知るか。
離婚して北海道に異動になって、北海道の高校で剣道を指導している写真。本当に冬の稽古が寒くて辛かった。
友達もいないし、恋人もいないから剣道に打ち込んでいた。
この頃に過ごした人たちとは連絡をとってはいない。悲しいものだ。
また岐阜に戻って湊音たちと婚活に参加して仲良くなったメンバーと撮った写真。
李仁のバーだ。大人になると写真は少なくなるものだ。だが一番仲が良くしっかりきたのはこのメンバー達だったりする。
三葉と再会して付き合って親達に彼女を合わせた時の食事会の写真。
「三葉さん、本当に綺麗でいいお嬢様だったわね。私のお葬式の時も駆けつけてくれて……」
俺が事故にあって横たわってる写真……こんな写真まで残してたのかよ。
「事故を起こしたと聞いて駆けつけたらあんたは包帯ぐるぐる巻きでたくさんの管が繋がれていたの。そんな姿、見たくなかったわ。私が生んだ子がなんでこんなことにって。」
母さん……
「でもあんたは調子に乗るから、せーっかくよくなったのに転んで頭打って寿命縮ませてなにやってんのよ!昔からそんな子だったのよ……そんな慌てんでも良かったのよ……」
……泣いとるんか?なぁ。
「私も同じ時期に倒れてあなたの近況を父さんから聞いて……ホッとした束の間だったのよ。」
すまなかった……
「で、あんた死んでから私も半年後に死んだけど全然あの世に来ないから来ちゃったのよ。なぜか。そしたらこの世でグダグダやってるあんたがいたから……」
迎えに来たっていうのか?そいや、母さんはやり残したことはないのか?
「私はやり残したことは無いかな。やりたいときにやる、私のモットーだったわ。もしできなかったらそれは私には必要のなかったこと、って割り切ってた」
母さんは結婚して子供産んでからも仕事もしてたし、一人旅行してたし、好きな物も買ってた。
友達もたくさんいたし、趣味もたくさん。
「まぁしいて言えば……家族でもっと出かければ良かったかな。あんたは小さいうちから剣道を始めちゃったし。みんな好き好きに行動してたしね。
でも私の人生にほぼ後悔なし!」
……はぁ。
「てなことで。」
と母さんがいきなり俺の腕を掴んだ。
「逝くわよ、和樹。もう成仏しなさい」
嫌だ!嫌だ!!!俺は後悔だらけだ、俺はまだまだやることは残ってるんだ!!!
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