箱の部屋

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 僕の家は街から遠く離れた丘の上にあり、周りに他の家は一つもない自然の中にある。その僕の家には不思議な部屋がある。その部屋には高さ二メートルくらいのクローゼットのような箱だけがある。両親からその部屋には入るなと昔から言いつけられていた。  ある夜、夕飯の時間になり家族が食卓に並んだ。その日の献立はステーキとサラダとスープだった。僕はまた肉が出てきたと思った。僕の家では毎日肉が出てきたが、肉は好きだったので毎日好きなものが食べられると喜んでいた。  次の日、夕飯前に母が周りを気にしながらあの箱がある部屋に入っていっていくのを見た。僕はその母の様子が気になり隠れてその部屋に近づいた。部屋を覗こうとしたその瞬間に父がリビングから母を呼んだ。僕はドアノブに伸ばしていた手を止めた。部屋の中からこちらへ向かってくる足音が聞こえ、急いで近くにあった花瓶を置いた棚の物陰に隠れた。ドアをゆっくりと開けた母親は周りを見渡した後、パタパタとリビングへ走っていった。僕はこのタイミングだと思いゆっくりとドアを開け、部屋に忍び込んだ。  その部屋の中は少々異様な空間だった。壁はコンクリートの打ちっぱなし。その部屋に置いてある箱は金属製のロッカーみたいだった。その箱の右横にはドアがあり、どうやらそのドアは家の裏口のようだ。僕は箱に向き合う。取っ手に指をかけ、ゆっくりと引いた。僕はその中にあるものを見て絶句した。  その中には、頭のない裸の人間が立てかけられていた。  肌は浅黒く変色し、血の気は全くなかった。手首には黄色いタグが巻き付けられ、そのタグには六桁の数字が羅列していた。僕はなぜこんなものがここにあるのか、そして母はこの部屋で何をしようとしていたのかが気になって仕方なかった。  もう少し詳しくこの人を見ようとしたとき、リビングのドアが閉まる音がした。思ったよりも早く母が戻ってきてしまったのだ。僕は急いで箱のドアを閉め、部屋を出た。もう母の足音はその角まで来ている。僕は足音を立てないように先ほど隠れた物陰まで走った。口を押え息を殺す。部屋の前まで来た母はドアを開けようとドアノブに手をかける。しかし、母は部屋には入らなかった。母が閉めたはずの部屋のドアが少しだけ開いていたからだ。ドアノブを握っていた手を離し周りを見渡す。母は花瓶の方を見つめ、ゆっくりと進み始めた。一歩進むたびに廊下の床板がキイキイと音を立てる。母は花瓶の目の前に立ち、その陰を覗き込んだ。そこには数日間掃除していなかったからか、埃があるだけだった。  僕は急いで自分の部屋に向かっていた。あの部屋で見た光景と母の様子から考えて、アレがまともなものではないことは明白だった。  少しして母が夕飯の支度が出来たと皆を呼んだ。食卓に並んだ今日の献立は、肉のソテーに、ポタージュスープ、サラダとジャガイモのフライだった。僕はまた肉だ、と思った。あんなものを見たせいか、ほぼ全く食欲がなかった僕は両親に体調が悪いと伝え自分の部屋に戻った。  その日の夜は全然眠れなかった。やはりあの部屋のあの箱のことを考えてしまう。いろいろと考えているうちに時間は過ぎ、外は日の出直前の青白い空が広がっていた。二階にある僕の部屋の窓から外をぼーっと眺めていると車の音が家のすぐ近くで聞こえた。下を覗くとちょうどあの部屋の裏口の近くにトラックが停まっていた。僕は思わず自分の部屋を出てその部屋の前に立っていた。中でするなにかの音を僕はドアに耳をつけて盗み聞く。どうやら男二人が会話をしているようだ。 「おい新人、もっと丁寧に運べ。このお客はウチのお得意様なんだ、信頼を失うとまずい」 「すみません先輩。それにしても毎日頼んでますもんね、よっぽど好きなんですねこの・・・」 「おい、妙な詮索をするな。そういうことは守秘義務があるんだぜ、誰かがドアに耳つけて聞いてたらどうする」 「す、すみません。・・・よし終わりました」  僕はドキッとした。ばれたかと思ったが大丈夫だったようで、男二人は裏口から出て行った。僕はそっとドアを開け中に入った。  その部屋はいつもと変わらず、大きな箱だけ。僕はその箱をおそるおそる開いた。そこには、昨日とは違う裸の人間が立てかけられていた。僕は裏口のドアへ向かい先ほどよりもゆっくりとドアを開けた。  ドアの向こう側、家の裏には一台のトラックが停まっていて男二人はトラックの後ろの荷台で作業をしていた。僕はこっそりそのトラックを見つめる。僕は見つけた。そのトラックの側面には黒い字で「精肉配達」と書かれていた。僕は裏口のドアから家の中へと戻り、自分の部屋に帰った。僕がベットに入り布団を頭まで被った時にトラックの音が家から離れていった。  僕は、全てが分かった。あの人間は食用なんだ。そして母がそれを捌き、僕たち家族は人間の肉を毎日食べていたのだ。  そしてもう一つ。あの二人の男と僕たち家族には決定的な違いがあった。それは僕ら家族には、角がある事だった。僕ら家族には額から二本の角が生えていたが、二人の男には生えていなかった。どちらが異常なのかは分からなかったが、僕は家族のことが怖くなった。  僕はその日の夜、家から逃げ出した。  角を折り、削り、街に出た。街には角のない人間がたくさんいた。僕は保護された、一人の「人間」の孤児として。  今は心優しい家族に引き取られ、新しい両親と兄弟もできて楽しく暮らしている。ただ時々、あの家で食べた肉が食べたくなる時がある。あの肉が本当はなんの肉だったのか真相は分からないが、この先あの肉以上に美味しい肉には出会えないだろうと思う。
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