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「痛いよ」
抗議ではないことは思わず笑ってしまったことで、制止の意志などないことは背中に回した手に力が入ったことで、彼には伝わってしまったのだと思う。やがて抱擁を緩めた藤丸は、崇の顔を覗き込み、悪戯っぽく言った。
「俺ね、湧田さんに、悪さしないようにってきつく言われてきた」
「しないの?」
「する、かも……いい?」
ホログラムのような瞳だ。さっきまで不安そうに揺らいでいたと思えば、無邪気な明るさをひらめかせ、今もう妖しく潤んでいる。
返事の代わりにその唇に指を押し当てると、崇の手を取った藤丸が、指先に小さな音を立てる。乾いた唇が手の甲へ移り、鑑定でもするように慎重に返すと、手のひら、手首の内側へ触れる。そのまま滑らせるようにTシャツの袖を捲り上げ、肘に押し当てられたところで耐えられなくなる。腕を振りほどくと、うっとりと目を細めた藤丸は、ようやくその微笑を形作る唇を崇の唇に重ねた。
たったそれだけで、火傷しそうなほど熱い。
一瞬息が止まって、こくりと喉が鳴ったのに恥じ入る間もなく、呼吸ごと奪われる。角度を変えて重ねるごとに眼鏡が浮いて踊るのが、鬱陶しいけれど構っていられない。
「ん……」
吐息が混じり合い、どちらともなく鼻声が上がる。下唇を這う滑らかな感触は誘惑で、応じて開いた隙間から挿し込まれた舌に、舌を絡め取られる。
頭の芯が痺れる。藤丸の腕をきつく掴んで耐えるのは、他人の舌の違和感だけではない――もっと怖くてもっと快いもの。
うっすらと目を開ける。真っ白に曇った眼鏡の向こうで、彼はどんな顔をしているのだろう。その頬に手を伸ばし、ピアスで飾った耳を撫でると、ふふふっとくすぐったそうに笑う。やがてぬるりと滑った唇が、湿った音を立てて離れる。視界を遮ることしかできなくなった眼鏡を外し、崇は浅く上下する彼の肩口に頭を乗せた。
「……泊まってく?」
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