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空のマグカップを口元に運ぶ振りも三回が限界で、三度目にそれをテーブルに置いたタイミングで暇を告げる。えー、と不満そうに唇を尖らせるのに万一にも形式以上の意味があるかもしれない思わせる、この男の仕草にはいちいちそういう効力があるらしい。
「帰っちゃうんですか?」
「ん」
「まだいいじゃないですかあ」
「よくない」
「俺はいいのに」
「服、ありがと」
Tシャツを首から抜きつつ藤丸を見ると、少し見張った目と目が合う。
「なに?」
「ののめ先生、大胆」
「そう?」
さらにズボンを下ろそうとすると、
「きゃー」
頬に手をやってしなを作りながら顔を背けるのだから、いかなる状況も楽しんだ者が勝つというわけだ。ワイシャツもズボンも高価なものではなかったが、受け取ったそれらはハンガーに掛けてくれていたおかげで皺くちゃにならずに済んでいた。
「俺、こっちで着替えてますね」
キッチン側へ消えていった彼の言葉を聞き流していたことに気付いたのは、
「じゃ、行きましょうか」
玄関でなぜか二人揃って靴を履き、先んじてドアを開いた藤丸に促された時だ。
「いや、いいよ一人で」
「なんで?」
理由が必要なのか。
「一緒に行きましょうよ」
「わかった。タクシー呼んでもらえるかな」
「駅までそんな遠くないし、歩こ?もっと話したいし」
背中を押されて一歩踏み出せば、背後でガチャリとドアが閉まる。振り返った先の無邪気な笑顔に、思念に込めた遺憾の意など届く由もなかった。
「そっちです」
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