#1 物語の始まり

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#1 物語の始まり

 あおいは公立中学校の二年生で、最近の彼女の悩みといえばまわりの人たちがやたらに成績というものを気にするようになったことだ。あおいの成績は残念なことにあまり良くない。定期的に実施されるペーパーテストでは、目を覆いたくなるような点数ばかり重ねていた。今だって、あおいの手元には、まるよりペケの方がはるかに多く刻まれた答案が広げられていた。一生懸命に答えたものの上に、こんなに容赦なくペケを刻まなくても、と、あおいは深いため息をこぼした。黒板にはでかでかと二ケタの数字が書かれている。それは、夏休みに行われる補習の対象者を区切る点数で、あおいの答案に赤々と踊る点数は、黒板に書かれたそれよりぎりぎり上回っていた。夏休みに入ってまでわざわざ学校に行くという事態は避けられたけれど、家に帰って両親にこれを見せるのかと思うと、あおいの気持ちはこれっぽっちも明るくならない。辛い未来を遠ざけるように、あおいは貰ったばかりの答案を四つ折りにして机に突っ込んだ。黒板の前では黒髪をきっちり七と三に分けた四角い眼鏡の数学教師が、試験問題の解説を始めた。あおいは最初の二問だけ聞き流すと、あとはもう聞いていられなくなった。机に突っ伏して、もう聞く耳を持たないとばかりに黒板から顔を背けた。几帳面に見える数学教師はだらしない態度のあおいを気にかける様子もなく、抑揚のない声で解説を続けた。  どんよりしたあおいの胸中など構いやしないといったように今日も外は快晴だった。青の絵の具を水で薄めたように澄んだ青空を一機の飛行機が飛行機雲を残しながら二つに割いている。それらがあんまりにもあおいの心を慰めてくれないので、あおいは視線を下にやってみた。ブラウンのグラウンドの中央に、白線でぐるりと楕円が描かれ、すみっこにはまるで、お弁当に添えられたパセリみたいに、ちらほらと葉桜が緑色を加えていた。その外側は薄緑色をした格子状のフェンスがぐるりと囲っていて、唯一それが無い校門も今は誰も出入りできないように閉ざされている。太陽はじりじりと照りつけているが、けれど桜の葉はまったく揺れる様子もなく風は吹いていないようだ。窓一枚を隔てて、うだるような暑さに晒されているにもかかわらず、泣き言一つ言わずに耐え忍んでいる赤土の隣人を眺めていると、あおいは心が幾分か軽くなった。
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