#1 物語の始まり

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 ぱっくりと口を開いた校門から出てじりじりとした熱気に満ちたコンクリの歩道を歩く。あおいの通う学校から図書館へは、バスも電車も使わず歩いて行ける。平坦な道をしばらく進んで車道に架かる横断歩道を一回渡り、お店が立ち並ぶ通りを一つ左に折れると図書館が見えた。かなり古いはずなのにどこかしこも綺麗で、ラベンダー色をしている大きな二階建ての建物だ。 ガラス張りのドアを開けると、本の柔らかい匂いと冷房で冷えた空気があおいを温かく迎えた。懐かしい匂いだった。六、七歳の頃までは、母に連れられてよく絵本を読みに来ていたことを思い出した。あおいの持っている貸し出しカードはその頃に作ってもらったものだ。あおいは体中の汗が引いていく感覚を心地良く思いながら図書館を歩いた。目指すは小説が並んでいるコーナーだ。なるべく分厚くなくて、読みやすそうな本を探していく。なにも本が好きで読むわけではないのだ。  昨年と同様に、学校の先生たちは夏休みの宿題というものを課してきた。それは大体プリント集だったり英単語の書き取りだったりと、大部分が昨年と代わり映えの無いラインナップであっただけに、国語の先生が課した宿題には目が釘付けになった。「どうせまた読書感想文でしょ」と高を括っていたあおいは、宿題一覧とでも題すべきプリントに記載されていた文字を見て絶句した。 『オリジナルの物語を書いてくること。ジャンルは不問。原稿用紙十枚以上。上限なし。』  夏休み前の最後の国語の授業では、ご丁寧に印刷した原稿用紙も配られた。そんな厄介な課題を出しながら、その次の行には小さく『漢字の書き取り。練習ノート一日一ページ』なんて血も涙もないことが書いてあるものだから、先生は暑さで頭がおかしくなったんじゃないかとあおいは本気で思った。  宿題が発表されてから、あおいはずっと物語を書けという課題について考えた。なんせ、あおいはこれまで作文は何度か書いたことがあっても、物語なんていうものにはこれっぽっちも手をつけたことがないのだ。どうやって書けばいいのかさっぱり分からなかった。そこで悩んだ末に、あおいは本を何冊か借りて帰ってそれを真似て書くことにした。登場人物の名前を変えて何冊かの小説の良いとこどりをすれば、それらしいものが書けるんじゃないかと思ったのだ。
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