#3 魔法の服屋さん

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#3 魔法の服屋さん

「あああああああああああああああああああっ!!!」  あおいは恥ずかしいなんていう気持ちをどこか遠くへ投げ捨てて、全力の大声で叫んだ。あおいよりほんの少しだけ先を落ちていくノワールが、しっかりと握りしめていた棒をひょいと振った。棒の先からは一陣の風が巻き起こって、それはそこらに漂って遊んでいた仲間たちをたくさん引き連れて戻って来た。集まった風はあおいとノワールの体をふわりと持ち上げて、しかし浮かすには至らず、二人は次第にゆっくりと下りていく。 「え、え、これも、ノワールさんの魔法なの!?」と、あおいは、真下から吹き上がる風に戸惑いながらたずねた。 「そうだよ。この魔法の杖があれば、僕はなんだってできるのさ」  揺りかごに揺られているような穏やかな落下に変わって、あおいはようやくゆっくりと辺りに目を向けることができた。青い空には太陽が、調子のよさそうな顔をして光をふりまいている。空と地面の境界を少しでも狭めようと、背伸びをした灰色の塔が遠くに立ち並ぶ。それから少し離れて、赤青緑に黄に白と、まるでちぎり絵のようにカラフルな屋根が並ぶ一角が、一面を縦断するように流れるエメラルド・グリーンの河を挟んで広がっていた。  あおいとノワールは周りに立つ建物の、赤い屋根のその下まで下りてきた。長いようで短かった空中浮遊も終わりを迎え、通行人の居ない石畳の道に、先ずノワールが下りて二歩、三歩、勢いを落とすために靴底を鳴らす。その後を、ノワールに手を引かれたあおいが、おっとっと、と心でリズムを刻みながら、彼と同じようにして地上に下り立った。 「ふう、上手くいってよかった」と、ノワールが言った。あおいはそれに返事をせず、どれだけ高い所から飛び降りたのだろうと後ろを振り返った。そこには表情の無い大きな石塔が建っていて、等間隔に窓ガラスが重なっている。特徴のない長方形で、見ていてなにも面白くない建物だった。玄関口は、石塔をぐるりと囲むようにして立つ高い塀のせいで見えない。けれど、きっと正面から見ても、見応えの一つも無い建物なんだろうなあ、とあおいは思った。窓ガラスの一つが、それも石塔の一番高い所にあるそれが割れて無くなっている。下から見上げると、どれだけの高さから飛び降りたのかがよく分かった。あおいの心臓が今まで忘れていたかのようにドクンドクンと大きな鼓動を再開する。唯一ガラスの無くなってしまった窓から、ノワールのような三角帽子を被った男が顔を出した。二人を追い駆けた魔法使いの一人だ。魔法使いの男はすぐにあおいとノワールを見つけると、二人を指差して何か叫んでいる。それは二人にではなく、建物の中にいる人物に向けられているようだった。 「まずい、逃げるよあおい!」  あおいに一拍遅れて気づいたノワールが、あおいの手を取って走り出した。ノワールは建物の側に張り付くように近付き、屋根に身を隠しながら走る。あおいは、道の端を流れる水路に何度か足を踏み外して落ちそうになった。
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