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忘れんぼ
私はいつも何かを探している。
前世に愛し合った相手でも、入れ替わった相手でもない。
先程までそこにあった携帯は何処だろう。
あの書類は何処に置いただろう。
頼まれていたことは何だっただろう。
記憶に定着させる為に言葉に出すと効果的だとTVで見たのでそれを実践した。
が、全く効果はなかった。効果もないし、街中で「バスは○○に乗る」「今日は△△に本を返す」などとぶつぶつ言うのは酷だ。
ならばと紙に書く。辛うじて何かを書いたな、という記憶は残っているのだ。
ノートの端っこ……でもどのノートかがわからない。
メモ用紙はそれだけの為に使うのは勿体無い、と思ってしまうのだ。
「何のためのメモ用紙だよ」と母は言う。
それに酷いときには書いたことすら記憶にないのだからどうしようもない。
だから私はスマホのメモ機能を使うことにした。
それなら何か書いたという記憶もあるし、一日のうち確実にスマホは開くし、メモ機能という名前がここにあると語ってくれている。
この前も何かを書いた、という記憶を思い出しメモアプリを開いた。
一番上に曲の名前が書いてある。気に入った曲を忘れないために書いておいたのだ。
そして次にTV番組の名前と日付。好きな芸人さんが出る番組の情報だ。
そして問題はその次だ。
うんこ。
その三文字のインパクトたるや。
うんこをわざわざメモする必要があっただろうか。本日中に便意を催した覚えはない。
それにしたい状況の中にいるのならすればいいだけだ。真意が分からず色々考えた。
森山直太郎さんのうんこが聴きたかったのかもと曲を聴いてもピンと来ない。
ならば真相はトイレに行けば明かされるのではないかと考えた。このメモの謎はそこに眠っているのやもしれないと。
心は奇怪な殺人事件をダイイングメッセージを手がかりにして痛快に解決してゆく刑事になっていた。
その時私の頭には土門薫刑事の顔が浮かんでいた。
特に理由はない。
ただ単に好きだからである。
トイレへ勢い勇んで向かうと謎を解く間もなく分かってしまった。
人間用のトイレの横にある箱上の猫用トイレ。
大量のうんこ。
猫、というのは盲点だった。
人糞しか頭になかった。
それを見た瞬間、書いたときの記憶が蘇ってきた______
猫用のトイレは三つある。
一つは一階のトイレの中。もう一つはトイレ前の廊下。もう一つは二階のトイレの前にある。
母は二階の猫トイレ片付け担当だ。
私と弟は一階のを片付ける。
母が一階のトイレを覗き、「あるよ」と言ったので片付けなければとメモしたのだった。
その時、私は宿題の真っ最中で勢いを止めるのが惜しく、焦りながらメモ機能を使用した。その時はちゃんと「猫の」として覚えていたから、うんことだけ書いといても分かるだろと自分を信じていたのだ。
期待して損した。
私はそこまで頭がよくなかったぞ、数時間前の私。
私が無能なだけでメモ機能は本当に便利だ。
だが細かいことまで書き記さないと私の脳は思い出してくれないらしい。
こうやって書いている文章もそのメモ機能に書いてあったものを書いた。
……という文章も書いてある。ややこしい。
けれど困ったことにメモ機能すら忘れて、自分の記憶だけに頼ることもある。
だから常に何を忘れたかすら分からずに探しているのだ。
いつか私の目の前に前世の恋人がやってくるんじゃないか、と考えたら恐ろしくて堪らない。
相手も不憫だが、いつも悩まされていたのはこやつのせいなのかと思うのも申し訳ない。
だから、私を見つけたときは忘れていることを前提に話を進めて欲しい。
どうしても思い出せないの?
という悲しい顔はしないでほしい。
貴方と過ごしていったら、メモ機能の出来事であったように、記憶が蘇ってくるかもしれないから……。
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