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「いやぁ〜食った食った!! にしても今夜のシフトに入ってた眼鏡の女の子は、なかなか萌えポイントが高かったなぁー」
居酒屋を出て、西通りを歩きながら河野恒例の萌え度トークが開始される。
それを隣で聴いてあげるのは、初代萌えキュン美少女である僕の大切な透子ちゃん。
将来この貸しはキッチリとお祝儀なんかで回収するつもりだ。
「なぁ……一村、」
西通りから小さな路地を抜け、左手にはかつて僕たちが何度も通った花鳥庵の看板が見えた。
僕の呼びかけに、少し先を歩いていた一村が足を止め振り返る。
「なんだよ?」
すでに営業を終えてシャッターが下りた店の外観を眺めながら、僕は久々にその名前を口にした。
「陽菜がいたらさ……」
シャッター越しに黒糖饅頭を頬張る陽菜が見えた気がして、視界が歪む。
「こういう時、何て言うんだろうな……〝どうせまた一緒にいることになるんだから〟って……笑うんだろうな……きっと」
右頬を涙が伝って落ちる。
慌ててバレないように手の甲で拭う。
何でなんだよ。何でそうなるんだよ。
何でもっと早くに……
「……何でクウェートなんだよ……」
河野と透子ちゃんは既に数十メートル先を歩いていた。九月の生温い夜風が、僕の濡れた頬を無神経に撫でていく。
噛み殺した気持ちが、お腹の中で空回りしているようだった。
一村が決めた未来を、応援するべき立場なのに。僕はまた身勝手な自分の感情で、後悔したいわけじゃないのに。
「バーカ」
頭がぐしゃっと撫でられ、間髪入れずに肩へとパンチが飛んで来た。
「イッ! ってーなぁー!」
睨みあげた視界には、涼しい顔で面白がるように目を細めた一村がいて。
だけどその顔は、やっぱり。
あの頃とは全く別物の顔だった。
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