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「坂崎。陽菜がさ……何で美術部に入ったか知ってるか?」
一村がまた、どこか遠くを見るような顔をする。その視線の先で、河野と透子ちゃんが手を振りながら何かを叫んでいた。
僕と一村は手を挙げて応えると、先に続く緩やかな坂道へと歩き出した。
坂道を越えた先は、高校の頃、僕たちがいつも歩いていたあの河川敷の遊歩道だった。
「絵が得意だからじゃないの?」
「……俺が留学するって話した時に、陽菜が言ったんだよ────」
『直樹くん。英語が喋れなくたって、紙とペンがあればね、どんな人でも笑顔にすることが出来るんだよ!』
「────って……だから俺がどんなに英語ができようが、外国に行こうが、俺には負けないんだって。だからもっと腕を磨くんだって……自信満々な顔で笑ってた」
初耳だった。
ただ単に、絵が好きだからとか、絵が得意だからだとか。陽菜が美術部に入部したのはそんなありきたりな理由だと、僕はずっと思っていた。
「それ聴いた時にさ、凄く……納得できた。あぁ、やっぱり陽菜と付き合って良かったなって。やっぱり俺の前を歩くのは陽菜で、そんな陽菜を守ってやらくちゃなって……心底そう思えた」
「一村……お前……、」
確かにその声は震えていた。
僕が大嫌いな余裕綽々の笑顔も、茶化すように細められた切れ長の目も無くて。
ただ、真っ直ぐに向けられた瞳が、夜の闇に溶け出すように、ひた隠してきた悲歎や哀惜や、苦しみや恐怖が。
一村の中から、一雫の涙すらも奪い去っていたのだと、僕はようやくこの時、気付いたのだ。
「お前……やっぱりまだ、陽菜の事が……」
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