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居酒屋の個室に響く笑い声が、ゆっくりゆっくり、僕らの心を満たしてくれるようだった。
あの頃とは違う。
ふとした瞬間に過ぎる寂寥感も、履きなれない靴が馴染むみたいに、心のどこかに存在する事が当たり前になってきて。
それでも慣れるなんてことは一度もなかった。
だこらこうして笑うことが、蛇口からポタリと漏れ出た一滴のように、僕たちの胸の奥底を埋め尽くす哀しみや苦しみを、少しずつ潤してくれているのは確かだった。
フロイトもユングも教えてはくれない空っぽになった心の満たし方を、僕たちは躓きながら、もがきながら、不器用なりにも確立しつつあったのだ。
河野と透子ちゃんにも、感謝してもしきれない。
口には出さないけれど、二人が僕と一村の関係をこの数年取り持ってくれていたのは明白で、こうして定期的に集まる機会を考案してくれたのも河野と透子ちゃんの計らいだった。
僕と一村だけが悲しい訳ではないのに。
情けないことに、この街の至る所に残る彼女との思い出は、到底一人で受け止めるだけの度量も覚悟も無い。
だから共有していく事を選んだ。
僕たちは誰ひとり、同じ痛みではないけれど。心の中に閉じ込めていた哀しさを吐露して、共有して、胸に抱いて。
今日のこの日を笑って過ごそうと誓ったのだ。
僕が失った幼馴染みと。
一村が失った最愛の人。
今日は陽菜の命日だった。
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