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「坂崎はこっちに戻って来るんだっけ?」
河野が視線だけを僕の方に寄越し、黒い信楽焼の皿上に乗った出汁巻卵に箸を伸ばす。
「うん。地方上級に受かったし、こっちの行政で働くよ」
僕はちらりと透子ちゃんを横目で見た。
地方公務員は転勤が少ないんだよ。と言いたいけれど、これはまだ先の話だ。
「相変わらずガリ勉の安定ルートだな」
一村が彫りの深い目を細める。
男は安定が一番なんだ!と言いたいのを飲み込む。
「そう言う一村は決まったのかよ? さては僕たちに先を越されてあせ──」
「クウェートに行く」
「は?」
「え、どこ行くって?」
それはまるで、その辺の銭湯でも行くみたいに。
テーブルのど真ん中に山盛りになった、この居酒屋ご自慢のカリカリポテトを摘みながら、一村は平然とそう云ったのだ。
「なぁなぁ、どこ行くって?」
河野は飲みすぎのせいか、それとも馬鹿なのか、もしくは聞き間違いだと思いたいのか。
僕と透子ちゃんの顔を交互に見ながら、顔を赤らめオウムのように繰り返す。
「坂崎、一村どこ行くって?」
「クウェートだよ……河野くん」
透子ちゃんが諭すように小さく呟き、酔いが回ってもいないはずなのに、僕は怒り任せにビールジョッキを乱暴にテーブルへ叩きつけた。
「何でそんなとこに行くんだよ!」
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