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 朱巳は、なんとなく白昼夢をみたような気持ちでいましたが、ビニール傘は、確かに朱巳の手の中にありました。 「どう使えばいいんだろう」  取り敢えず、普通の傘と同じようにさしてはみましたが、何が起こるわけでもありませんでした。傘を内側からみたりしても、何も特別なことはありません。  しばし、その場で思考を廻らせていた朱巳でしたが、山の上の道から色とりどりの円形が連なって下りてくることに気付きました。それは、果たして様々な色の傘を持った集団でした。そして、ああ、その集団は、さっきまで朱巳をいじめていた憎らしいクラスメイト達だったのです。朱巳は、心臓がきゅっと縮まり、身体が熱くなるのを感じました。  どうやら向こうも朱巳に気付いたようで、その中のリーダー格がにやにやとしながら、話しかけてきました。 「女のくせに泥だらけに濡れざらしで、汚いなりだなあ。傘もささずに、何をぼうっとしているんだ?」  朱巳は、また怒りや悲しさで顔が熱くなるのを感じましたが、大きな違和感によって、感情の膨らみは急速に冷えていきました。どうやら、クラスメイト達には朱巳のさしている傘が見えないらしいのです。  朱巳は、開いた傘をクラスメイト達に向けてみました。すると、クラスメイト達の表情からにやにやした笑いがすっと消え去り、皆一様に気の抜けた、困ったような様相になりました。まるで感情の行き場がどこかへ流されていってしまったような…そんな表情でした。  クラスメイト達は、誰からということもなく、朱巳を無視して、まばらに、ぞろぞろと山道を下り始めました。その中の一人が、朱巳のランドセルと奪い取られた傘を抱えていました。朱巳は、急いでその二つを奪い返しました。そのクラスメイトは、嫌そうな顔を朱巳に向けましたが、朱巳が咄嗟にビニール傘を向けると、興味を全く無くしたように、歩いていきました。  クラスメイト達の姿が遠く見えなくなると、朱巳は、確かな喜びの感情が自分の中から湧き上がってくるのを感じました。 「すごいぞ、これは嫌なことを避けてくれる傘なんだ」  朱巳は、元気よく弾むように山道を下り始めました。
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