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2.
朱巳は、何処に行くのにも、傘を持ち歩くようになりました。持ったり、さしたりしても、やはり周りの人は何も気付かないようでした。クラスメイトには、もういじめられなくなりました。朱巳に嫌味や意地悪なことを言ってきた時には、すぐに傘を向けてやりました。効力はしばらく続くようで、朱巳の見ていないところで陰湿ないじめを行うということも無いようでした。
朱巳は、やがてクラスメイト以外の人にも少しずつ傘を使うようになっていきました。母親から、勉強をせず遊んでばかりいると小言を言われそうになった時に使いました。傘を向けると、なにか別の用事でも思い出したように話を打ち切って、部屋を出ていきました。夕飯を食べる際にも、その時のことは何も言われませんでした。朱巳が、探り探り「さっきのことは、ごめんなさい」と謝ってみると、母親は、きょとんとした様子で、何のことか分からない様子でした。委細を伝えると、母親は、「そうだったかしら…でも遊びすぎは良くないわね、気を付けてね」と簡単に話を流し、話題は別の話に移り変わっていきました。どうも朱巳を叱った記憶は、日常生活の中の些細なワンシーンのように薄靄がかかったようになって消えているようでした。
宿題を忘れたために、授業中に先生に怒られそうになった時も使いました。傘を向けると、先生は、一瞬困惑した表情になって、何事も無かったかのように授業を再開しました。
朱巳が傘を使って、先生の表情や話の間がおかしなことになった瞬間は、クラスメイト達は何も気付いていないようでした。朱巳は、まるで世界の秘密の一部を自分だけが知っているような多幸感と、自分だけが世界を作り変えられるような全能感を感じていました。そして、さらに些細なことにも傘を使っていくようになりました。
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