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 お地蔵さまから傘を授かって数か月が経ったある休日の夕暮れ時。朱巳が住む山の村々にも冬将軍が到来したころ。朱巳は、あのビニール傘を持って、近くの公園に出かけていました。もう闇が色濃くなってきていて、人もまばらにしか居ませんでした。一緒に遊びに来たのであろう低学年の子供達や、赤ん坊を連れた親達もどうやら帰り支度を始めている様子です。  朱巳は、空いているベンチに腰掛け、しばしその人達を観察していました。友人同士であろう子供達は互いに冗談を言いながら笑いあっています。赤ん坊を連れた親御達も互いに談笑をしあったりします。時折、赤ん坊に慈しむように話しかけ、赤ん坊も安心したようににんまりと母親に笑いかけました。朱巳の心は、この風景とは対照的に空虚で暗澹とした気持ちで、沈んでいました。  朱巳は、人との関わり方が分からなくなってきてしまっていました。傘を使えば、嫌なことを言われそうになった時、されそうになった時は、避けることができます。しかし、その後、その人と何を話せばよいのか分からないのです。朱巳は、傘を向けた人との嫌な関わり方を避けたことを知っています。しかし、相手の方は、その記憶は曖昧模糊で、無いようなものです。その齟齬が朱巳を苦しめました。傘を使ってしまうと、謝ろうと思っても謝ることは出来ないし、反論しようと思っても反論することは出来ないのです。それでも、朱巳は嫌な思いをすることが怖くて、傘を手放すことが出来なくなっていました。そしてついつい傘を使ってしまい、そのたびに後悔のため息をつくのでした。  辺りはすっかり暗くなって、さっきまで見ていた人達も帰ってしまったようでした。朱巳は両手で自分を固く抱きしめました。厚いジャンパーを着ているのに、まるで冷え冷えとした氷が手足の先の先までを覆いつくしているようでした。朱巳は、あんなに居心地の良かった家にすら戻りたいと思いませんでした。
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