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「市ぃぃっ!」  声が響いた。快晴の空をぼんやりと仰ぎ見て、主夫でも無いのに今日の夕飯のメニューを考えてたオレの耳に甲高い声が劈いた。 そうだ、今日は肉ジャガで決まりだなんて考えてた頭がリノリウムの廊下に突き刺さる。声と共に走ったときの下腹部の鈍い痛みは、デッドボールを左下腹部に食らったのにも似ていると思う。慣れてたまるかというその痛みが、悠奈の登場を告げた。考えるより直感で理解した。  オレの脳が告げている。痛みと共に告げている。その衝撃が受け身を忘れたオレの脳に、ここ最近よく味わう中でも最高の刺激をプレゼントしてくれたコトを。 「……悠奈」  尻餅を着いて、ウォータースライダーを滑る様な姿勢になりながらも、余裕で不敵に笑う悠奈。  ここのところ悠奈とかち合う度にドロップキックを食らうオレは、悠奈にとってサンドバッグのような扱いになってるに違いない。忌々しいコトこの上無いのだが、快感を覚えつつあるオレに自嘲する。  この状態で悠奈を見ると、白いパンツが見えるのがいつものパターンだから、オレは敢えて目を合わさずに、悠奈に聞こえぬよう呟いた。  勘弁しろ。  曲がりなりにも女の子なんだから、堂々と股を広げられるのは非常に体裁が悪い。 「今帰り?」 「まあね」  お互いに尻を軽く、はたきながら立ち上がる。タイミングが同じなのが、何とも面白くて仕方無い。  悠奈は、そのショートヘアの頭頂部分け目の所の、小さなクセ毛を揺らしながら不敵な笑みを浮かべた。 「ねぇ、アンタ最近木原さんと仲いいじゃない」  いつも思うのだが、こういった情報は何処から仕入れてくるのでしょうか。秘密組織の情報網を、是非オレにいつもの詭弁でお教え賜りたいですなぁ。コンチクショウ。  しかし、悠奈の登頂にある触覚がそこであろう逆鱗。に小指一本でも触れたくないオレは、普通の対応をすることにした。 「別に。同じ部活なだけだし」 「へぇ~、アンタって……あたしの時もそうだったけど案外鈍いからねぇ」  笑みは変わらず、不敵な口調で悠奈。 「はっ、はぁ? なんだよそれ!?」  うろたえる、ふり。 「アハハ! 赤くなっちゃって! やっぱアンタからかうと面白いわ」  悠奈はオレを指差し笑った。 「貴様は人様に指差すなと教わらなかったのか?」 「はいはい、じゃあねっ!」 「おう」  悠奈はリノリウムの廊下を、駆け足で去っていった。部活じゃないなら一体何処へ行くのかは、悠奈のみぞ知るっつートコロだな。 「なんだよアイツは…」  まるで意識しているオレが恥ずかしい、それがなんか悔しかった。そんなモヤモヤをオレは全部暑い陽射のせいにした。ああクソッタレ。
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